初めてLAに行った日のことを書きます。
その当時の日記には書いてなかったけど、と言うか、心のバランスを保つ為に、敢えて書かなかったんですよねー
でも、今思えばけっこう面白い体験でした。
昔はアメリカとか凄く憧れてたし、高校生くらいの頃は「New Yorkに行きたい‼️」とか、のん気にけっこう言ってました。
(HIPHOPカルチャーの発祥がNew YorkのBronx・Brooklynなので、当時はLAではなく、やっぱりNew York!って思ってた。)
僕が唯一、続けて教わったダンスの先生が、僕をNew Yorkに連れて行きたいって言ってくれていたのもあり、人の話を何でもすぐ鵜呑みにしてしまう当時の僕は、けっこう浮かれていました
でも、結局それは実現されませんでした。
色々な事情があるだろうし、それは別に仕方がない事だと思うんですけど、それだったら自分ですぐに動いて何かしら行動するべきだったと思います。
けど、行動に移さないまま時は経っていき、仕事もそこそこ忙しくなり、、
今のスタジオも始めちゃったし、なかなかスケジュールを空けることが出来ないし、、
とか身動きが取れない状態に陥って、「俺このままで良いのかな~」って悩んでいる時に、軽く父に言われた言葉がきっかけで急にスイッチが入り、「よし!仕事を休んですぐに行こう」ってなりました。(←基本、いつも急に来る)
それが2018年。
英語も話せないけど、思い立ったことから行動して行かないと、もうどうしようもないってのは年々分かってはいたんですね。
で、分からない事だらけで初めて行ってみて、初日、向こうに到着してすぐの事です。
入国審査官や税関職員が嫌~な感じなのはまだ良かったんですが、、
コンビニの店員とか、高速バスの運転手とかにイライラされるのもまあしょうがない(笑)
思っていたよりも、アメリカ人は些細な事でも厳しく接して来るんだな、と感じたのを覚えています。
もちろん、優しく、温かい性格の人もたくさん居るとは思いますが、なかなか日本のようには。。
宿のすぐ近くの通りで、青いバンダナで顔の下半分を覆ってる人、初めて見ました。
LAのガタガタなアスファルトの上を、重たい荷物を引いて何とか宿に到着!(お世話になった日本人宿じゃない方の宿。)
ロックを解除してもらう為に、門の外でブザーを鳴らしました。
でも入る事が出来ず、宿の奥さんに直接開けに来てもらう形になりました。(ドアノブを下げずにそのまま押すタイプだったのに、間違えて下げようとしていたから開けられなかっただけ。)
すると、奥さんは門を開けると同時に、いきなり怒りをあらわにして、「あなた、何故すぐに入って来なかったの!?」って、それが開口一番の挨拶。
で、ずっとそのことをしつこく言って来ました。
正直、こうして入れられたんだし、たった一回のそんな小さな事なんて、どうでも良くない?って思いました。
その後、怒ったままリビングに呼ばれて、チェックインをしたんですけど、
「うちは現金しか受け付けないから!!」
「クレジットはダメだから!!」
と。
"$210 !!! $210 !!!"
を呪文のように連呼され続け、俺は呪われる一歩手前でした。
でも意外と大丈夫と言うか、何とも思わないと言うか、なめんな?的な気持ちが拭えない自分に新たな発見を見出していました。
現金はあるって言ってるのに、予約サイトに書いてあった事と違ったから慎重に確認したかっただけだったのに、なんか、勝手に勘違いされてキレられました。
(後になって分かったけど、クレジット払いって書いてあっても現金払いって言うのは普通にあるみたいですね。)
だから払うって言ってんだろうが!!ちょっと待てよって思って、英語が分からないからゆっくり話してよ。って言ったら、ようやく少し落ち着いてくれました。
壁には、"No Pay , No Stay"の大きな貼り紙がされていたので、滞納者が多くて苛立っているのかも。
ついでに、コレを見た俺は、よくラップの歌詞とかである、"No Pain No Gain"を連想して、何かカッケェとか思ってニヤつきました(笑)
で、それまでずっとギロリと睨みを利かせては溜め息ばかり吐いていた奥さんは、、
現金を渡した途端に、"ルンルン♫"と新札の匂いを嗅ぎながら随分と上機嫌なのでした(笑)
その後、軽く宿の敷地内を案内され、これからとりあえず一週間泊まることになる4人部屋に入った時、、
どんよりとしたその空気の悪さと、ロッカーとベッドが別フロアになっちゃったのには、あちゃーって思ったな。
俺のロッカーがある2階の部屋が、その時は女子部屋状態だったのも、入る度にいちいち気を使うし、精神的に疲れてしまった。
この奥さんは情緒がかなり不安定なようで、ところどころ妙に優しい口調なんです。。
猫なで声で"Honey"とか言うし(男性をHoneyと呼ぶのも割りとあるみたい。)
中庭のスペースを案内しながら、
「みんな、ここでくつろいだり、WEEDを楽しんでるのよ♪」 ←♪じゃねぇよ!って心の中で突っ込んだ(笑)
それがここの売りです、みたいに言うもんだから、日本と全然違ぇ。。って思った。
宿の敷地内は、どこもタバコとWEEDで臭いがきつくて煙たくて、、元々空気が悪い場所が苦手な俺には合わなかった。。
その時は言わないでおいたけど、、
ホントみんな目が据わっててダウンな感じで、、グデタマばりにやる気なさそうだったからね!笑
いつもそんなだから、せっかくLAにいるのに、良いの?そんなんで?ってちょっと思ったけど。
でも向こうからしたら、ここに居ることは極普通の事で、ただの寝床って感覚なのか?
睡眠不足と旅の疲れに、慣れていない乾燥した気候が重なって肌が荒れまくり、、
少しでも身体を回復させなきゃ!と、ベッドで横になり少し仮眠を取ったら、、
夕方、無理矢理身体を起こして通りに出ました!
一番近くのスタジオへ。
で、その近くの道端で黒人の2人にね、まあ、ちょっと馬鹿にされたんですよ。
あれは悔しかったな。
スタジオに着いたら早速、メンバー登録を済ませて、、
その日、受けられるクラスの中で一番興味のあった
"Freestyle Theory"
という、フリースタイルのトレーニングクラスに参加しました。
フリースタイルが苦手なので、これは良い機会だと思って、スタジオの中へ。
初めてのアメリカで到着早々に洗礼を受け、疲れて頭もボーっとしながらも、けっこう必死だった。
説明とかじゃなくて、とにかく実践って感じ。
まず、けっこうレベルが高くて…
こういうベーシックに近い内容のクラスは、プロレベルの振付けのクラスに比べても、内容が難しく、レベルの高いダンサーがたくさん居たりします。
で!本題はここからです。(←前置き長っ!)
「次はこう言う風に踊って」みたいな感じで、一回一回お題が出されて、
・手を使ってはいけない
・軸足を途中で変えてはいけない
・高さをキープしながら踊る
など、一人ずつ実践していくんですが、、
英語の説明がなかなか分からなくて、何に気を付けなきゃいけないのかも理解出来なくて。
今は散々な目に遭った後だから分かるけど、その時は目だけでは本当に分からなかったりして。
先生が段々と不機嫌になっていくんですよ…
それで、ペアになって役割を分担し合って踊る、みたいなやつを、俺だけやらせて貰えませんでした。。
お前は分かってないから見てろ、と。
アメリカ人が、自分のことを良く見ろって促す時のジェスチャーで、ガンガンやって来るんですよ(笑)
あの、特殊部隊のサインみたいな、サミング(目突き攻撃)みたいな、目からビーム!みたいなやつね
まあ、見ても理解は何となくしか出来ませんでしたが。。
一番嫌だったのは、「軸足を途中で変えてはいけない」ルールの時。
どうしても軸足が変わってしまう、と言うか、イマイチ分かっていないので、普通に軸足を入れ変える俺に、呆れ返った様子で肩をすくめ、天井を見上げ、、
何か皮肉混じりのジョークを、他の生徒の皆んなに言って笑っていました。
で、終いには、「足をそこに出して動かさないように」促されたので、そのとおりに俺が足をそこに置くと、、
俺の出した片足に、金槌で杭を打ち込む。(ジェスチャー)
それで軸足を変えないルールは理解したけど、大工か!ってくらい何回も打ち込んでくるし、(ダンサーだから無駄にパントマイムになってるし。。)
今度は爪先の向きも変えちゃいけないのか?と混乱しました。
いや、アレは精神的に参ったな。
その場を離れようとすると、"NO NO NO!!"って。
"俺、今、この人に晒し者にされてるな"って、ハッキリと理解しましたね。
時と場合にも寄りますけど、こういうのって、基本サークルになって行なうものなんですよ。
この時もそうで。
だから、これ、全部サークルのど真ん中でのやりとりです(笑)
周りはさすがに気を遣ってか、苦笑いって感じだったけど、、
「日本人の俺が慣れてないだけで、アメリカはこれが普通なのか⁈」って戸惑いました。
ムカつく気持ちもあったし、事柄やシチュエーションによっては、それなりの返し方もあったのかも知れません。
今こうして、HIPHOP的に考えれば、アンサーすべきだったのかも。
ただ、その時の自分は、ただ気丈に振舞うことしか出来ませんでした。
そんな事があり、LA到着初日に思いっ切り落ち込んでしまい、その直後に初めてのIN-N-OUTのハンバーガーを食べても、何も味がしないと言う、驚きの現象を体験しました
悔しさと、恥ずかしさと、情けなさで、頭と心が一杯になり、精神的にやられちまった夜でした。
そんな状態でも、疲労はピークだから寝なきゃいけないし、またあの宿に戻るのでした。
ホント色んなことがあったけど、、
LAの中では、それが一番、精神的にはキツかった体験でした。
あの夜は、自分がやってること、やって来たこと全て、投げ出して何処かへ消えてしまいたいって、、
そんな衝動が沸いたけど、立ち直って、、
今もこうして、ちゃんとダンス続けて来られて良かったな
まあ、あんな程度の事が理由で、辞める訳がないんだけどね!実際は。
だいぶ長くなりました。
付き合って下さりありがとうございました!
ではまたっ