足音が聞こえたのは、星たちが空に顔を出し始めた頃だった。涙の跡が風に当たって、頬が固くなっている。どれだけ涙が流れたのか、いつまで泣いていたんだろう。結局、どんな感情だったんだ。星に見つかってしまうのを、怖がっていただけだろうか。
辺りは暗くなったけど、月が優しい光を届けてくれている。穏やかな光の中で、ひっそりとそこに居る東屋。毎日のように来ている場所だけど、なんだか今日は懐かしい。彼の姿が、そう感じさせるのかな。
息が切れている。ここまで走ってきてくれたんだろうか。彼女の体が少し心配になる。あの口の動きは、どうやら「待ってて」で合っていたらしい。実際に目の前に彼女が現れると、今の今まで言いたいと思っていた言葉が出てこない。口だけでなく、体が動かない。なんて情けないんだ、俺は。
はぁ、はぁ、はぁ。久しぶりに走ったから息が上がってしまった。私の小さな心臓から、こんなに大きな鼓動がきこえてくるなんて。私がこんなに強く生きていること、知らなかったな。私が近付くと彼は立ち上がり、その場で固まってしまった。彼は緊張するとすぐ固まってしまう。昔と変わらない彼の癖に、思わずクスッと笑ってしまう。
「なに、笑ってんの?」
「あ、ごめん。昔と変わらないなって思って。」
「あの、俺…」
「うん。」
「俺…、あんたのこと好きだったんだよ。一目惚れってやつ、たぶんそれ。」
「私もずっと好きだった。」
「えっ!?」
「ずっと会いたかった。今日は会えて嬉しい。」
「もっと早く会いに来れば良かった。」
「ほんとだよ。」
「俺、今貿易関係の仕事してるんだ。」
「へー、すごいじゃない。夢叶えたんだ。」
「話したことあったっけ?」
「うん。かっこいいなぁって思ったの、覚えてる。」
「俺、頑張るよ。仕事も、これからも。」
「うん。」
「そっちも、頑張ってね。」
「ありがと。」
「でも、走らない方がいいかも。体に負担かけちゃうでしょ。」
「あぁ、うん。ありがとね。」
「今、幸せ?」
「幸せだよ。そっちは?」
「俺も、まぁまぁ幸せかな。」
「そっか。良かった。」
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな。今日は会えて良かったよ。」
「こっちこそ、待たせてごめんね。会えて良かった。」
家まで送ると言う彼の申し出を断り、今一人で夜の町を歩いている。言いたいことの、ほんのちょっとしか言えなかったけど。これで十分だった。サヨナラのかわりに、お互い頑張ろうって言って別れた。たぶんこれが最後の言葉。悪くないと思った。ありがとう。
家まで送るのをあっさり断られ、今一人で夜の町を歩いている。用意していた言葉の、ほんのわずかしか伝えられなかった。でも、これで満足だった。サヨナラのかわりに、笑顔を向け合った。こんなこと初めてで、きっとこれが最後だ。良かったと思った。彼女を好きになって、本当に良かった。ありがとう。
「サヨナラのかわりに」編 完。