慌ただしく過ぎる午前中に、ちっともかまってやれない分、午後は一緒に散歩から始めると決めていた。こんな小さな体でもずっと家にいると息苦しいらしく、外に出た途端伸び伸びと振る舞う。その仕草がサラリーマンのお父さんのようで、なんだかおかしい。
その日もお昼を食べ終わると、いつものように公園へ出かけた。土曜日だったからお兄ちゃんも仕事がお休みで、今日は久しぶりに3人での散歩。あきと君も嬉しそう。やっぱり、子供にとって親の存在は偉大ね。お姉ちゃんも、あきと君を空から見守ってくれてるはず。知ってか知らずか、あきと君は時々空を見上げてにっこりと微笑む。お兄ちゃんが一度「お母さんはお空にいるよ」と天を指したのを覚えているんだろうか。そんなこと、あるはずないんだけど。
あきと君のお母さんは、あきと君を産むときに亡くなってしまった。もともと体も丈夫な方ではなく、出産は諦めるよう言われてたみたい。でも、大好きな人と出会って、この人の子供を産みたいって強く思った。その思いを通す方も、受け入れる方も、どれだけ悩んで苦しんだことか。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、本当にお互いのことを信頼していた。そんな二人の絆が、あきと君をこの世界に導いてくれた。
お姉ちゃんも、静養の為にこの町を訪れていた。お姉ちゃんは遠い親戚を頼りに、一人でこの町にやってきた。その家の近所にアパートを借りて一人暮らしを始めた。うちとは違い、すぐに町の人達と仲良くなってた。きっとお姉ちゃんの人柄ね。こんな私にも、お姉ちゃんは笑顔で挨拶してくれていた。
慣れない環境とはいえ、都会とは全然比べ物にならない清んだ空気に、お姉ちゃんの体調もすっかり落ち着いていった。私もこの町に来てからは、発作は起きなくなっていた。私もお姉ちゃんも、この町が合っていたのよね。
そんな共通点のあった私たちが仲良くなるのに、長い時間は必要無かった。お姉ちゃんの優しく明るい性格もあり、あっという間に姉妹の様に仲良くなった私達。何でも話したし、毎日のように会った。
お姉ちゃんのおかげで、私も段々と町に溶け込んでいった。町の人達とも、自然と話せるようになっていた。私が今もこうしてここにいられるのは、全部お姉ちゃんのお陰だった。感謝してもしつくせない。生きてる内に返せたらいいな。
お兄ちゃんに初めて会ったときも、「私の妹を紹介するね」って言ってくれたの。お兄ちゃんもとても優しくて、私まですっごく幸せだった。
だから、お姉ちゃんが妊娠したとき、私は喜んであげられなかった。喧嘩らしい喧嘩したの、あの時が初めてだったよね。まぁ私が勝手に我が儘を言ってただけなんだけどね。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、いっぱい困らせちゃったよね。ごめんね。
あの時、私達の間を取り持ってくれたのはお兄ちゃんだった。何度も会いに来てくれて、何回も話してくれた。お姉ちゃんの気持ちとか、お兄ちゃんの考えてることとか。でもそんなお兄ちゃんのことも責めて傷付けたこともあった。ほんと後悔してる。あの時、一番不安だったのはお兄ちゃんだったのにね。愛する人を失うかもしれない恐怖。小さな命を、たった一人で守っていくことになるかもしれない責任感。今にも押し潰されそうなとき、私なんかに親身になってくれて。ごめんね、お兄ちゃん。ありがとう。
感謝するのはこっちの方なのに、お兄ちゃんは「反対してくれて、ありがとう。」って私に言ってくれたよね。涙が止まらなかった。あぁ、お兄ちゃんも本気でお姉ちゃんのことが好きなんだって分かった。
お兄ちゃんのおかげで、仲直りができた私達。出産へ向けての準備も手伝えて本当に良かった。準備って言っても、私に出来ることと言えば、ベビー服を買ったりおむつを買ったりとかだけだけど。お兄ちゃんもお姉ちゃんも「ありがとね。助かる。」っていつも言ってくれてた。
そしてお姉ちゃんは、元気なあきと君を産んだ。あきと君と出会えたことよりも、お姉ちゃんとのサヨナラが辛くて泣きじゃくった。でも、同じ後悔はしたくない。お姉ちゃんへのサヨナラのかわりに、あきと君へ「初めまして」って笑顔で言った。ちゃんと笑顔できてたかな。どうしても涙は止められなかったから、泣き笑いの顔になっちゃってたね、きっと。そんな私に、お兄ちゃんはまた「ありがとね。」と言った。お姉ちゃんもそう言ってるって。お兄ちゃんの涙は最後まで見なかった。いつ、泣いてるのかな。少し心配になった。
お姉ちゃんへのサヨナラのかわりに、私があきと君に出来ることは何でもやろうと思った。それが、きっとお姉ちゃんとお兄ちゃんへの恩返しになる。そう思った。お兄ちゃんとあきと君を支えたい。空にそう願った。
また つづく。