「サヨナラのかわりに」① | My-Hero

My-Hero

ヒーローに憧れた夢。

二つ並んだ目に飛び込んでくる。昔と何一つとして変わらない街並みに、頭の中が少し混乱して、思わずその場に立ち竦んだ。



今でもあるだろうか。俺の人生を大きく左右した、あの追憶の場所は。今でもまだ残っているだろうか。この世界に居座り続け、まだ街を見下ろしているんだろうか。



あのときからだ。自分のことを「僕」ではなく「俺」へと呼び方を変えたのは。

「‘僕’だなんて、随分いいとこのお坊っちゃんなのね。可愛い。」

明らかに不機嫌になったお子さまに対し、そんなつもりは無かったと、彼女はけらけら謝っていたが─多分実際にそうだったのだろうが─そんな言葉を受けても尚、無性に腹が立ったのを今でも覚えている。そんな怒りの根の乾かぬうちに、自分が情けなくなり、泣き叫びたい衝動に駆られたことも。



あの頃の感情は、今思い出しても恥ずかしい限りだ。素直に受け入れられなかった、彼女の本音も。「可愛い」の褒め言葉も、嘲笑されたと真面目に勘違いした。



どうしようもなく、子供だった。一人前の振りをして、周りの大人の真似をして、格好良く見られたくて。でも、本気で格好悪くて。誰もが認める、正真正銘の「お坊っちゃん」のまま、格好つけてただけだった。



道の真ん中で、一人佇んでいた。気が付けば、辺りが薄明かるくなっている。どれくらいの間、こうしていたのだろうか。それでも太陽が昇る前の早朝に、この道を通る者などいるはずもない。



少しばかりのいらぬ思案の後、ゆっくりと一歩一歩あの場所へと近付いていく。誰もいるはずのない、誰も待ってやしない。それでも、歩を進める度に体が固くなってゆくのが分かる。



これでも多少なりとも成長を遂げ、大人になった自覚があったのだが。掌に刻まれるように広がっていく汗を握りしめると、今度は現実に自分で自分を嘲笑した。これでもまだ、俺は彼女へ近付けてはいないのか。これでも、二人の差は縮まっていないのか。



今にも止まりそうになる自分の足を見つめ、このまま行ってもいいのかと、戦慄が青褪めた胸をはしる。あの場所に再び立つときは、大人になってからだと決めていた。今の俺を見て、彼女は何を思うか。こんな意気地の無い俺を、また「坊っちゃん」と呼び、けらけらと笑うだろうか。



それでも、会いたいと心が訴える。笑われてもいい、貶されてもいい、呆れられてもいい。子供扱いされても、それでも会いたいと悲鳴を上げる。強く会いたいと、心が泣いた。



今度こそ、辿り着くまで止まらない。あの場所に自分の足で立つまで、今度こそ突き進む。ずっと思ってきたんだ。俺は、彼女に会いたいと。ずっと彼女に、俺は会いたかった。



この街に戻ってきたのは、彼女に会う為だった。彼女が俺の全てだった。





また つづく。