インターネット、SNSがもたらしたもの | 青い球。blauekugelという名に捧ぐ。

青い球。blauekugelという名に捧ぐ。

Since 2011
花鳥風月、理の系の人間が超感覚的に追求する美学。やや欧州、技。

年末恒例の流行語大賞。

 

 

女子中高生では全く異なるとのこと。

 

従来も世代間で文化が異なると言われてきたが、インターネットやSNSにより、ますますその現象が顕著になってきているのではないか。

 

インターネットは物理的な距離をゼロとし、SNSは様々な人たちを容易にむずびつけることが出来る道具である。一見、多種多様な人たちと触れ合うことが出来るので、異なる集団を混ざらせるような、文化の均質化に働くように見える。

 

一方で、SNSは年齢や趣味・志向・思想など個人の属性が近い人たちを集わせることも可能にする。今の世の中を見ていると、むしろSNSはそれぞれの属性を「純化」することに働いているのではないか、と思える。つまり、世代が少し異なるだけで、使われる言葉や興味の対象・価値観などが全く異なり、流行語ですら全く異なるという状況になっているのである。例えば、TikTokの動画で流行っている動画は子供たちの間だけで流行っていることも多い。

 

例えて言うなら、人々の持つさまざまな属性ポテンシャル(一人一つとは限らない、むしろ複数)を、SNSは繋げる働きを持っていると言える。つまりSNSはそれらの人々を繋ぎ合わせて等ポテンシャル線を作り出し、人々は自分の近いポテンシャルにさらに流れ込んでいく。現実世界に存在する様々な人の集団(赤ん坊から年寄りまで様々な世代がおり、その人たちは様々な趣味・志向・思想を持っている。つまり、多様性がある)は、インターネット・SNSによって特定の世代・趣味・志向・思想に選り分けられ、より純粋なグループに分かれていく。そして、それらグループ間のやり取りは(恐らく)恐ろしいほど少ない。つまり、グループ毎に独立し、孤立し、交流が存在しない。

 

混沌としていた気体が凝結し、液体となってそれぞれの気体種が独立に薄い層を成していくイメージ。

 

もっとも、既に3,40年前から流行歌は既に世代間で異なっていたのであるから、世代間の分裂が始まったのはインターネット以前からかもしれないが。