ものすごく今更ながらの*pnish*プロデュース「radio killed the radio star」の感想記事です。
ネットで感想を拾い読みしてみたのですが、人が殺されまくりで後味が悪く救いもない、看板に偽りなきサイコホラーなので、受け入れがたい人も多かったようで、さもありなんと思います。
私は2回観劇しましたが、最終的に怖いより痛さと悲しい気持ちがまさりました。
怖くなかったわけじゃなくて、惨殺シーンよりもっと痛いと思ったことがあったので。
そして、普段は観客のエゴに振り回されている作る側のエゴの物語でもあるのかなと思いました。
以下ネタバレと勝手な深読みが含まれますのでご注意を。
は?と思うことも多々あると思いますが、こんな風に感じたヤツもいるんだな、と広い心で読んでいただければと思います。
*物語のあらすじは含まず、未見の方には優しくないです。
自分のつぶやき感想で補足しておきたい事。
>なぜかBUCK-TICK「愛しのロックスター」とミュージカル「ジーザス クライスト スーパースター」を連想した。
前者は自虐的な歌詞から、後者は民衆の怖さから連想したんだと思います。
一度正式な歌詞を見てもらいたいのですが、ブログに全部は載せられないので一部だけ引用。
「もし僕が豚になっても君は笑う」「私は生きている」
これって、ラジオのむこうの無責任で身勝手なリスナーに対する竹丸さんの気持ちなんじゃないかと思うのです。
ラジオに限らないですけど、面白ければ何でもやれみたいな風潮ありますよね?
それってやる側に相当の苦痛を強いることもあるんじゃないのかな……。
あと、どうしても好き勝手なことを書きがちですが、その向こうに見えてなくても生身の相手がいるってことを忘れちゃいけないと思います。
JCSの方は、民衆がジーザスにすがりつくシーンがあるのですがその民衆の身勝手な要求とすべてを受け入れる(実現させる)ことなどできないジーザスの葛藤がなんとなく似ているように思います。
>「ショーほど楽しい商売はない」がジッパー!なら「ショーほど恐ろしい商売はない」がRKRSかも。心血注いでやっても思ったような反応が返るとは限らない。噂する方は軽い気持ちでもされる方はたまったものじゃない、みたいな
どれだけトラブルがあってもどうにか切り抜けて一丸となって舞台をやりぬく辛さと楽しさに対し、続いていることに胡坐をかいてどんどん惰性に傾いていき、観客(リスナー)にも見放されていく怖さ。そしてそれをどうにかしようとあがけばあがくほどどうにもならない苦しさ。
どれだけやっても打開されない状況・協力してくれない周囲、これってどんどん追い込まれていくパターンだと思います。
お仕事している以上、楽しいことばっかりじゃなくて苦しいこと辛いことはたくさんあります。
でもかけらも楽しいことがなかったら?自分の頑張りを「から回りしてんなあ」と思われていたら?
ふと気付けばけっこう竹丸さんと同じ崖っぷちにいるんじゃないでしょうか。
さらに観客という不特定多数の集合体の恐ろしさと文字だけ情報の怖さ。
個人個人でみたらささやかな声でもよりあつまれば大きな声になる。
それがプラスの方向に働けばいいけど、大概はマイナス方向にはしる。
そして、文字だけでは感情は伝えきれない。
同じ言葉でも「あやしい」「怪しい」「妖しい」「アヤしい」ではニュアンスが違う。でもそのニュアンスは仲間内でしかおそらく通用しない(仲間内ですら共有していないかもしれない)ので、不特定多数の中には自分の意図とは違う受け取り方をする人もいる。
twitter等文字数制限があればなおさらだし本当に怖い。
>No.721観劇。(中略)そして内容は全く違うけどどこかRKRSと似た印象を受けました。
というのも、ソニーと竹丸さんは対極に居るなとなぜだかふと思ったからです。周囲がああでなければ彼らはその道を選ばなかったんじゃないだろうか?やっぱり人を動かすのは人の心で、きっかけは小さくても動くものは小さくないんだと思います。
***No721のネタバレ含みます***
ソニーは周囲に影響されて結局自分を消してしまう行動をとりました。
竹丸さんは周囲を消してしまう行動をとりましたが、それも周囲の影響によってでしょう。
作中で「最低なクズ」と表される721の登場人物たちですが、仲間に対しては優しく、自分と前提そのものが違うソニーにたいしてもそれは変わりません。
一方、レディレディの登場人物たちはとても「普通の人」です。だけど、それだけに無意識の悪意は恐ろしいんだと思います。
*3014/6/18追記:中途半端な記事ですが思うところあって公開にしました