先日、図らずもやってきた占いについて。
聞いたら即忘れる
これが占いや鑑定を受ける側の極意かもしれない。
このポイントは、図らずも起こった出来事、意図せずして届いたメッセージに限る?
自ら望んで受けたメッセージや占いなら、準備がある。
それは潜在意識が、顕在意識に浮上する時間を経緯している。
ゆっくり噛み砕いて消化し、昇華させる準備が整っている。
しかし望まぬ形でやってきた話は、意識が受け取ったらすぐに忘れようと思う。
何故なら、潜在意識で受け取った方が、神意も流れやすい。
必要以上に、傷ついたり、思い込まされるのは、「呪(しゅ)」をかけられた状態なのかもしれない。
「これからの時代は、グローバルな視点が必要だから、あなたも英語以外の語学力を身に付けなさい。」
と、誰かに突然言われたとしよう。
もしかしたら、そうかもしれない。そうでないかもしれない。
意識が5次元にシフトしたら、思念だけで意識を共有できるそうだ。
そうなったら、語学に頼らず意識を共有できるだろう。
語学力は、感受性のフィルターを活性化し、変換機能を向上させる効果はあるだろう。
しかし意識が5次元にシフトした段階は、語学力云々はもう無用だろう。
図らずもやってきたメッセージを有難く受け取ったら、その場で忘れる。
神意が潜在意識に流れ込むまで、人智の及ばぬ準備は上に任せよう。
人間にできるのは、レスポンスだけらしいし。。。
メッセージにいつまでも固執してしまうと、メッセージを伝えた人間の呪に躓くだけだ。
メッセージを伝えてきた人間の本意もそこまでの念はないはずだ。
もしそこまでの悪意があったら、支配や依存の闇に溺れてしまう。
トンでもなくスケールのデカイ悪意なら、一緒に溺れたい。
地獄を共に歩む友に出会うのは、これもまた奇跡なのだ。
むしろこのパターンこそ、神意そのものだろう。
有難い瑞兆として、毒を拝す。
一番厄介なのは、「無邪気の邪気」
この世にはそれが溢れている。
人はみな自分が正しいと思わないと、生きてもいけない生物なのだ。