佐藤竜弥選手、安らかに | ~エイチ・アールの、はんかくさくて何が悪い!~

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以前ブログでも書きました、レバンガ北海道に一日入団をした、悪性リンパ腫と戦った佐藤竜弥選手が、5月25日16時10分、享年38歳で永眠されたと報道されました。


元々は札幌市役所という実業団チームで長年プレーし、引退後は教師として教壇に立っていた中での、突然の闘病生活。


5月2日の試合を実際に彼の最後の姿を拝見しましたが、コートに立ち、折茂選手やレバンガの選手、相手チームからも声をかけてもらい、試合に出ることが出来なくても、笑顔にあふれた姿を見せてくれました。



試合後の挨拶でも、言葉に詰まりながら自身のことを語っていた中、観客席から「きっと治るさ!」という声を皮切りに、会場内から大きな拍手が送られていたのが、僕もぐっときました。



まだまだこれからの人生をという中での病気、そして旅立ちとなり、周りもそうですが、一番本人も悔しかったに違いありません。




こういった闘病を送る人への夢を叶えるといった活動って、日本ではまだ浸透はしていない状況ではありますが、改めて生きるってことを考えさせられてしまいます。



世界には、佐藤選手のように最後の時まで病と闘う人もいれば、戦う苦しみを味わう日々を送る前に安楽死を望む人もいる。



どちらが正しいともいえないし、個人的には安楽死や尊厳死なんて・・・と考えてる立場ですが、自分が実際に死期を悟る立場になったときに、同じ思いになるかと言われると、また考えも変わるかもしれません。



自分の人生もこの先どうなるか分からないですし、後悔しない人生を送りたいなと思ってしまいます。








写真は2日の試合の時の、円陣を組んでる時のレバンガの選手たち。


写真左側に、佐藤選手も加わっています。



これからは天国で、他のバスケが好きな人たちとバスケをしたり、バスケの指導をしていくのかもしれません。






人が本当に死ぬのは、人に忘れられた時だと聞きます。


あの時、あの場所で、佐藤選手がいたことを忘れません。


そうすれば、ずっと佐藤選手は僕らの心の中に、生き続けることでしょう。



どうか安らかに。


合掌