11月5日金曜日、忠海八幡神社を出て、徒歩にて向かった先は、 翫月山 勝運寺。

 

  翫月山は(がんげつさん)と読みます。

 

 曹洞宗のお寺さんです。

 

 住所は竹原市忠海床浦2丁目10-1

 

 ここが入口です。

 

 

 市の説明文。

 

 浦宗勝公、史書では乃美宗勝と記される事が多いですが、私ら竹原住民は浦宗勝と習っていますのでこれで通します。

 

 以降、勝運寺さんのHPより引用。

 

 勝運寺は元亀元年(1570年)から天正9年(1581年)にかけて建立、安芸郡矢野の新興寺六世(現在廃寺)の以天圭穆和尚を請待し開山とする。現住職、井上節堂が28世になります。
山号翫月山(がんげつざん)、小早川氏の一族であり主流の親戚筋にあたり水軍の海賊衆、 浦(乃美)宗勝の菩提寺として土を起こした曹洞宗の寺です。
当寺院には浦宗勝公の墓や、小早川隆景が文禄の役に際して弾薬を詰めて浦宗勝に贈った軍用櫃(市重要文化財)や以天圭穆和尚が当地に赴く際に使用した籠(同)が残されています。 また山門、中門と門が二つあるつくりや、城郭を思わせる石垣など特徴的な外観を持っています。

 

 という歴史のあるお寺さん。

 また、現在は国道185号線で分断されていますが、海側にある浦宗勝公居城の賀儀城と続いており、詰の城の役割もあったのではないかと思います。

 

 参道。

 

 

 山門。

 

 

 桝形になっている場所を過ぎて次の門。

 

 

 本堂は現在修復工事中。

 

 施工は金剛組です。

 

 接近は危険ですから、誦経はこの位置にて。

 

 この勝運寺は私ら中学校時代、剣道部の夏の合宿場所で、本堂で寝泊まりし、早朝の座禅と朝のお勤め、そして午前午後、この境内で日本剣道形、そして防具を付けての稽古を行うという3泊4日を過ごした場所。

 小学校時代にも仏通寺における座禅体験はありましたが、座禅で警策で打たれるという初めての経験はこの勝運寺が最初。

 そして、朝のお勤めの際に、全員に配られたお経本、般若心経と修証義が印刷されたものですが、合宿終了後も暇されあれば見返し、知らぬうちに般若心経全文丸暗記していた訳ですが、その切っ掛けともなったお寺さんです。

 

 御朱印を求めて庫裏を訪ねましたが、呼び鈴を押しても応答がない為、そのまま帰りました。