10月29日金曜日、大善寺を出て、すぐ隣に壽徳寺に参拝。
車も十分に通れる山門です。
広島県三原市西町2丁目23−24、日蓮宗のお寺さんですね。
御本堂と庫裏。
幕末の勤王志士、丹羽精蔵の墓、そして三原に伝えられた佐分利流槍術宗家の墓所があるお寺さんです。
ちなみに、武道の歌で
「浅野朝の間、三原は三日、備前岡山通り抜け」
というのがありまして、武者修行するのに上京する際、浅野の殿様のお膝元の広島での稽古は朝の間だけで事足りる、そこへ行くと三原はたっぷり三日はかかる、備前岡山は通り抜けて宜しいという意味で、三原は佐分利流槍術の他、信抜流居合術等が伝わった土地でもあり、幕末から明治大正昭和にかけて倉橋誠太という、大日本武徳会槍術範士を輩出しました。
現在、佐分利流、信抜流は府中市に道場が移っていますが、現在でも三原は尚武の気風高く、剣道が盛んですね。
壽徳寺は室町末期の長禄元年(1457年)、高山城の麓に日親上人によって創建。後に小早川隆景によって、天正年間(1573年)に、現在地に移され、現在に至る。
日親上人は足利義教に焼けた鍋を頭にかぶせられたり、舌先を切り落とされたりという拷問を受けた事でも知られ、鍋かぶり上人とも称されますね。
御首題は庫裏にて対応して頂きました。


