09:50頃に自宅発。

 

 町並み保存地区の石畳を歩きます。

 

 

 

 暫し進んで引接山西方寺。

 

 

 御本堂の阿弥陀如来様、そしてお地蔵様、毘沙門天様、十一面観音様に御挨拶し、境内を通過、そして不老山長生寺へ。

 

 背後の山の土砂崩れ部分の工事も概ね完了していますね。

 

 昭和37年建築の御本堂。

 

 

 本当は今日11月第2日曜日の8日は柴燈護摩供が厳修される予定でした。

 私もそのつもりで参拝に来たんですが、ある意味予測の通りやっていない・・・・・・・。

 結果から言うと、武漢肺炎の為に中止にしたそうです。広大な境内という訳ではない為に参拝客が密になり易く、安全が確保出来ないというのが第一の理由ですね。

 

 御本堂の大日如来様に御挨拶した後、護摩木を奉納していると、境内の金毘羅神社拝殿内部から法螺に錫杖、般若心経と諸真言の誦経が聞こえまして、これが柴燈護摩供の代わりとなる檀家様向けのお札の祈祷であろうと理解し、これが終了するまで待つことにしました。

 

 

 護摩道場、庚申堂。

 背後の崩落部分は未だ工事中。

 

 境内からみえる山は、村上氏の拠った珍海山城跡。

 

 城主村上掃部頭元吉公は、伊予三津ケ浜の戦いにて討死し、墓所は城跡の中腹にあり、位牌がこの長生寺にあります。

 

 色々と眺めているうちに金毘羅神社でのお勤めが終了した様で、御住職に御挨拶の後、お供えを直接お渡しして帰る事に。

 

 帰りは山門を潜って帰宅します。

 

 

 

 この石段を下りるのも久しぶりですね。

 

 いつも西方寺経由で長生寺に向かうものですから、こちらから下りると新鮮です。

 

 

 

 

 次回、令和3年11月14日(日)の厳修に御参り出来まる事を楽しみに待つ事にしましょう。