予備自衛官の訓練、出頭したのは良いんですが、当日から記録的な豪雨、それに伴う訓練担任部隊の災害派遣・・・ということで、招集訓練中止。
んで、帰宅する事になりましてね。
7月7日、08:55頃に、海田市駐屯地を出発。国道31号から東部流通団地北口交差点経由で県道276号矢野海田線に・・・と思ったら、いつも潜るアンダーパスが水没。これは少し先の大正交差点もそうで、来た道引き返し、再度駐屯地前を通って陸上自衛隊南の信号を左折。これで県道276号矢野海田線に合流出来るんですが、考える事は皆一緒、この段階でやや渋滞。
そこから日の出町交差点を右折してで東広島バイパスへ・・・・と思ったら、今度はここで大渋滞。
思えばここが悲劇の始まりだったかもしれん。
もうね、進まねえんですよ。
三台前に止まっていた、トラックの運ちゃん、まあ、ユニック付きの平ボディ、身形は職人っぽい3人組、反対車線側にあるラーメン屋さんに、トラック置いたまま入っちゃった。どうせ進まねえんだから、メシでも食っとけ・・・てな感じだったんでしょうが、あれは正しい選択でしたね。今にして思えばワシも食っときゃよかったんです。(理由は後述)
そんなこんなで、ノロノロと動き出し、国道2号東広島バイパス海田東に乗った段階で既に12:00。
ここは途中で法面の崩落があり、片側交通。
そして海田東から乗ったバイパスの終点、上瀬野交差点を右折、途中、濁流と氾濫のアトと思しき国道2号を走りつつ、大山峠付近から再度渋滞。ヒロエー東邦事業所前あたりで時刻は01:50。
それでも何とか志和インター入口交差点を県道83号方向に右折、するとここでも渋滞。んで、西条バイパスにのることなく、東広島市街という方向に下りましてね。ここから国道2号線に入った訳なんですが、満迫交差点の西条バイパス入口、流れ込んだ土石流でそりゃあ凄いことになってましたね。
当然、そんなところ入れる訳が無いんで、そのまま直進、八本松駅前交差点を右折、そして七ツ池交差点から西条バイパスに上がり、ぎっしりと並んでいるトラックの間に入れさせていただきましてね。それが15:00過ぎくらいでしたかね。
んで、そこからもう、随分と待つことになる訳ですよ。この西条バイパスの上で。
どんくらい待ったかといえば、今日8日、09:00頃ですよ。
時折、動き出したかと思えば直ぐ止まる・・これの繰り返しで、段々周囲が暗くなり、日付も変わって01:00から02:50位まで、車の中で寝てしまっていましたが、目が覚めてみると全然動いていないんです。
そして夜が明け始めて、少しずつ動き始めたのはいいんですが、途中で
「この先土砂崩れで通れない」
なんて、率先して案内している若いトラックの運転手がいて、彼の指示に従い、西条バイパスの「原」というところで下りまして、下見北交差点を左折。県道332号を進み、西条西交差点を右折、国道486号へ。そしてこれを進み、再度、国道2号に合流したものの、早稲木(東)交差点から再度渋滞。
そしてやっと進み出したと思えば、上三永の交差点で、警察が来る車を全てUターンさせているのが見えましてね。
「ここまで来たのにそりゃねーよ」なんて思いもしましたが、その遥か手前で自主的にUターンし、そこから一路、安芸津方向にも行こうとしましたがここも通行止め。
ここで知人に電話し、情報を収集すると、なんと国道375号経由で県道59号線が健在だというんで、これに乗っかって東広島市河内町まで前進。広岡新橋交差点を右折し、国道432号に乗って、あとは竹原市にまっしぐら・・・と思いきや、河内インター入口交差点から竹原方向への直進は不可。橋が潰れている為に通行止め。
という訳で、空港方向に上がり、県道49号線経由で国道2号線を目指し、何とか新庄交差点まで到達。
しかし、途中で国道の崩落、崖崩れ、色々とあって、懐かしの我が家に到着したのが15:10頃でした。
海田市駐屯地を出発して、実に30時間。
食事は、海田市駐屯地での朝食、おむすび2個と、缶のお茶一本だけ。道中で買い物すらしておりませんから、30時間、飲まず食わずです。雨が降り続けるという、多湿な環境の為か、喉の渇きは余り感じませんでしたね。食事にしても、それ程空腹を感じておりません。が、やはり最初のあの店で、ラーメンは食べておいても良かったかとも思います。ただ、そうすると、今度は「排便」で苦労したでしょうね。
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帰宅後にネットを使って色々と調べてみましたが、現在の広島県竹原市は実質「陸の孤島」になっています。逐次復旧はしていくと思いますが、道路の崩落や橋の崩落、こういうものは時間が掛かりますからね。
我が家の被害は「床上浸水」、そして、仕事場の商売道具が一部廃物となった程度です。訓練出頭していた間、両親で片付けておりましたが、明日からは私も加わって色々と片付けなくてはなりませんね。
今回の予備自衛官の訓練は中止にはなりましたが、個人的には「困難な状況下における帰宅訓練」という、やや自虐的にではありますが位置づけています。
最後に、亡くなられた方々の御冥福を謹んでお祈り申し上げます。