プロローグ ~ 最悪の年明け
今更言うまでも無いことなのだが、ライブチャットというものは、無料で楽しめるものではない。無料どころか、ヘタな風俗よりも金の掛かる遊びである。DXLIVEなどのアダルト系なら、大体200円/分、Girls On Airのようなノンアダルトでも、100円/分である。1時間遊べば、アダルト系で10,000円以上の金が掛かる。安めのキャバなら、3~4,000円で遊べる時間だ。
何故にそのような高額料金を払ってまで、ライブチャットに手を出すのか?そもそも、ライブチャットに「意図的に」ハマったのは何故か?
理由を語るには、今から3ヶ月前に遡る必要がある。
忘れもしない、2005年の1月、つまり年明けの出来事である。
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その出来事は、何の前触れも無く、突然にやって来た。
私には、8年という長期に渡る交際期間を経た、所謂「彼女」が存在した。
松の内も明けた1月10日、私たちは、遅めの初詣に出掛けた。彼女との初詣を、10日に設定していること自体、もう倦怠期も極まれり、といった感もあるが、1月1日の午前零時には、お互いに電話をしていることだし(混雑を避ける為、良い子は真似しないように)、交際当初から「人混みは嫌だ」という双方の意見は一致していて、別段特別な意味は無かったのである。
自宅付近に停めた車の助手席に滑り込んできた彼女は、普段とは違う、深刻な顔をしていた。いつもなら、五月蝿いくらいに話し掛けてくるのだか、その日は朝から無口であったのだ。
妙な胸騒ぎがした。
昼は何を食べようか、などという他愛の無い問いかけにも、「うん…」という気の無い返事。意識は車窓に向いているようで、目は宙を彷徨っている。目的の場所は、予想以上に混雑していて、駐車に困る状態であった。
「停める場所、無いね」という私の呟きに、左側に座っていた無言の彼女は、漸く口を開いたかと思うと、「停める必要ないよ。このままドライブに行こう」と、およそ行楽に行きたいとは思えない表情で、しかし、強い口調で言い放った。
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「そうか…じゃぁ、何処に行こうか」
「何処でもいい。でも高速はやめて」
その返事の意味を考えながら…否、その言葉が一体何を指すのか、解らないほど若くは無く、しかし、容易に察することが出来るほど、冷めた関係ではない。とりあえず、西へ向かって車を走らせ、腹の底に押し込めた嫌な予感が、現実のものになることに恐怖を覚えながら、運転に意識を集中した。
小一時間ほどのドライブ。しかし、弾む会話があるわけでもなく、音楽だけが鳴り響く、冷たい車内、重たい空気。いつもより、運転の疲労を過度に感じた私は、人工湖の見える駐車場に車を停め、エンジンを掛けたまま、大きな溜息をついた。
「何か話があるんだろう?」
このまま寡黙を続けたほうが、何も起こらずに済むのではないか、いっそ高速に乗り、家に帰ろうか。そう考えなくも無かったが、何かあるのなら早くすっきりしたい、と思う気持ちのほうが強く、いつまでたっても無言でいた彼女に、少し苛立ちを覚えていた。
「そうね、話…私のこと、まだ好き?」
「何を言い出すのかと思ったら…なぜそんなことを?」
「イイから」
「勿論。好きだよ。でも、へらへら笑っていられる状況じゃぁ、無いみたいだな…」
8年も付き合っていて、今更「好き」も何も…と思いつつ、「お前はドウなんだ」と返す勇気は無かった。仮にここで「あたしも好き」と言われたところで、その言葉には何の効力もないのだろう。
「黙っていようと思ったんだけど。もう限界。だから、話すわ。他にも男の人が居るの。彼氏?…じゃない、多分。だって彼氏はアナタでしょ。アナタが嫌いなんじゃないの。ただ、向こうのことも嫌いじゃない。」
一体何を言っているんだ、コイツは。
どういうことだ?二股?
「二股っていうか…結果的にはそうなるんだけど、わざとじゃない。ただ、ちょっとしたキッカケで、なんていうか、その…」
「いつからだ」
「一年くらい前」
これ以上の衝撃があろうか。
一年も前から、二股掛けられていたことに、全く気づかないとは。
「それで…俺に別れろと?」
「ううん…そういうツモリじゃない。アタシはアナタが嫌いなわけじゃない。でも、向こうも切れない。だから…任せるわ。」
「ナンナンだよそれは。俺にお前を振れ、ってことか。」
「このままの関係が続けられないのなら。」
「…お前、逆の立場ならどうするよ」
「…別れる。そんなの耐えられない」
一体、何が彼女を変えてしまったのか?こんな身勝手なことを言う人間では無かったはずだ。しかし…今起こっている事は、現実なのだ。何かが変わってしまったのであろう。キッカケは、俺かもしれないし、その相手の男かもしれない。
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「解ったよ。悲しいけど、やめにしよう。」
「…ごめんなさい」
「謝るぐらいなら、最初からするな。8年もの間、築いてきた関係を、捨てたんだからな。呆れて何も言えないよ。」
「ごめんなさい。」
こんなもんか。3ヶ月で結婚するヤツラも居れば、長く付き合っても別れるヤツも居る。最も信じていた相手に、一年もの間騙され続けていた、という事実を目の前に、錯乱するわけでもなく、冷静に対処したのは、自分の意地なのだろう。
「…帰ろう。」
「どこか、駅で降ろして。電車で帰るから。」
JR 相模湖駅で車を降りた彼女は、目と鼻を真っ赤に濡らしながら、逃げるように券売機を目指して走って行った。
私はと言えば、暫く放心状態のまま、車を走らせることも出来ず、日が暮れるまで、駅前のロータリーに、留まっていた。