今日は友人(高校時代の先輩)と自然公園を散歩してきました。
日光浴しながら15000歩くらい歩いた!
楽しかった。
その理由は、ただの友人ではなく、わたしがずっと恋をしている人だったからです。
不謹慎な話。
わたしには今恋人が居ます。
ひと回り違う年下の彼女です。
でもわたしは彼女に恋はしていません。
わたしは今日会った友人にしか恋が出来ないからです。
もう高校生の時からなので、20年、片想いしています。
告白もしました。した上で、友人という関係に落ち着いたこの安堵感たるや……。
短い時間のデートでしたが、やっぱり好きだな、と思ったし、この人にしか恋は出来ないなと思いました。
わたしの病気を友人は理解出来ていませんでした。
けれど、自分が適応障害になって、少し苦しみを分かってくれたようです。
対応は随分と穏やかになりましたら、
わたしは高校生の時に生きる意味を失くして絶望の淵に立っていました。
それを救ってくれたのが友人です。
そんな友人が晩夏に「今こんな症状なんだがどうしたらいいか」と珍しく連絡してきたので、取り敢えず病院へ行け、と言ったらギリギリ深みにハマらない場所で病気を拗らせることがなくなったようで。
相談して良かったと言われました。
わたしが友人に助けてもらったように、わたしも友人を助けるキッカケになったのかと思うと少し嬉しいです。
別れてから、電車の中でLINEを受け取りました。
『また行こうね』
その一言でどれだけ舞い上がったか。
彼女とは今連絡を控えています。
理由はわたしの鬱の悪化要因が彼女にあると医者が判断したからです。
彼女とは東京〜京都の遠距離恋愛なので、少し寂しさはあるけれども、確かに連絡を取らない方が気軽です。
不誠実だな、と我ながら思います。
だけど彼女の若いが故の我儘に少し疲れたところもあったんだろうと思います。
躁状態の時に付き合い始めたので(しかもノリ)、こんなにも鬱に落ちるとは自分でも思っていませんでした。
不安発作が起きる時、わたしは胃の中にある種から芽が出て口から花の蕾が出そうな感覚に陥ります。
医者曰く、言いたいことが言えていない証拠だそうです。
確かにわたしは八方美人で、言いたいことを飲み込みやすい体質です。
彼女にでさえ本音を明かさない。
そんな深層心理がわたしの不満の花を咲かせようとしているのでしょう。
まとまりのない話になってしまいました。
でも今日は幸せなひとときを過ごせたので、少し心が穏やかです。
死にたいと切に願う日ではなくなったのは友人のお陰です。
友人の『またね』がそう遠くない日だと良いなと思いながら今夜は眠りに就きたいものです。
最近4時間以上継続して眠れないことが多いので、頓服のセロクエルを飲もうと思います。
昨日はそれで成功したので。
あぁ、次の記事に飲んでいる薬でも書き出しましょうかね。