俳句と外交と日常と | 宮城政秀のブログ

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芭蕉の言葉に「言ひおほせて何かある」というのがある
何もかも言ってしまっては俳句にならないという意味だ
"ロマン"というものは、花の咲いたところまで全て書くのではなく、つぼみまでにとどめておき、花は読者各人の中で咲かせるのが良い…
要するに、作品を完結させてはいけないという事だ。
確かに小説等を読んでいくと、最後の結論をあえて出さず、"あとは読者のご想像にお任せします"的な結論にとどめて因果を含ます作品は少なくない
文学とはそういうものらしい…

ところが政治はそうではない
ことに民主的な政治は、言い仰せて国民を納得させねばならない

田原総一郎氏は良い政治家の条件を「わかりやすいこと」と挙げているが、それは当然であり、政治家というものは常に自らのビジョンを"完結"させねばならない

外交の取り決めを実行する者も国民である以上、大事なポイントは国民が知り、かつ納得せねばならない。
その中でも、密約は"わかりにくい外交"と言わざるを得ないだろうし、良い政治家が常にわかりやすい訳でもない…

我々の日常は俳句の世界に似ているフシがある
「なんでもかんでも言えば良い」というものでは決してない
"禁句"と言うように、やはり言わない方が良い場合もある
相手の"短所"や"落ち度"等を余りつつかずに、あえて知らないフリをしてあげるのも、ひとつの優しさなのだ

やはり人生も、完結してしまっては何事もつまらない