友達が懐かしくなる日
もう10年も過ぎてしまいましたね。
高校の友達が事故で亡くなりました。。
その友達は山をすごく好きな専門登山家でした。
ヒマラヤを頻繁に登る友達でした。 ケイトゥを登山するために同僚らと行ったらしいです。
それから 登頂に成功し山を下りるところでアタックたちの通信が途絶になる状況に至りました。
その時キャンプ4にいた友人が指揮部の引き止めにもかかわらず、その隊員たちを探しに行ってしまいました。 気象が悪い状況に行ったため、キャンプからでるのは 自殺と同じぐらいの危なかったようです。 結局、隊員たちも探せなく行方不明状態になりました。 それから一年が過ぎって他の人たちの遺体は見つかりましたがその後輩は結局韓国に戻れなくなりました。。
その友達がヒマラヤに行く数日前、その友人が経営する焼肉屋で一杯しました。
私ももともと山に登ることが好きで、 大学の時は医科大学山岳部に参加し 韓国の有名な山はほとんど行ってみたようです。 その時は体が軽くてかなり難易度が高い岩壁コースを全て無理なく登るくらいでした。
春、夏、秋には岩壁を主にして、 冬になると雪が多く、滝が強い強度で凍りつい雪嶽山を舞台に氷壁を登りました。 山岳人たちのロマンである雪岳山のトワンソンの滝を登れるぐらいの能力がありました。 それでその友達と軽く一杯をし、
今回に行ってきたら経歴をもっと積んだ 後に私も、チームドクターとして参加をしようと、
高校の同窓で軽く7,000メートルの山でも一度登山をしてみと約束をしました。
ところが、その友達が亡くなったという知らせを聞いてしまいました。
今でも懐かしい友達ですね。。
よかったのはその後、隊員たちを探しに行って行方不明になったことを認められ、
義死者と指定され、友人、妻や子供たちに 誇らしい夫、父親に残ることになりました
しかし、今でもその道をたくさんの人が歩いてます。 なぜでしょうか?
なぜそんなに危ない道を向かってるのでしょうか
何か私たちらの人生と似ていると思います。自分が決めた目標に向かって最善を尽くし、努力し、 それを成した時に感じる喜びと満足感...
このようなことが彼らを山に導くことになるのではないでしょうか
私たちが全てのエネルギーを尽くしてやりたい事をするために努力する見たいに。
<この2014年5月、全職員とともに、雪岳山ワークショップの団体写真>
<雪岳山大青峯の頂上で職員たちとともに>
今回は後輩が行きました。
新たなコースで登山をするため、。
その友達がアタック要員として頂上に立つこともでき、他に支援業務を行うこと可能です。
それは環境と体のコンディションによってその山で決定になるようで
誰もわかりませんね。
是非、怪我などなく無事に戻ってほしいですね
後輩からの手紙。
- 通訳 -
先輩!お久しぶりです。
お元気でしょうか!私は元気です。この手紙が届くぐらいには6~7000mを登りながら
頑張ってると思います。
いつも応援してくださってありがとうございます。
無事に帰りましてまだ会いましょう。
-ヒマラヤからジンチョル-






