Aとはたくさん時間を共にした 時計



Aの家に招待された 家



Aの家もマンハッタンで、ストリートは51STREETとかでいい感じだったが、11thアベニューとかでめちゃ端のほうで、結構歩いて遠く、静かでちょっと怖いくらいだった



さらに一人暮らし



中に入るとこれまた前に紹介した友達のアパートぐらいめっちゃ細長い部屋だった



おんなじ位の両手広げると壁が届くぐらい 叫び



だが、シャワートイレは共同だったが、今回はキッチンが付いており、上にロフトがあり、そこが寝室となっていた



彼女は2年近くNYに住んでいたが、あまり英語が話せなく、安い英語学校に通っていて、勉強を頑張っていた



さらに日本のバーで夜働いていた



Aはあるものを見せてくれた



それはとても小さなノートパソコンだった



私は見たこともなく、驚いた 叫び



本当にとても小さかった



日本から買って来たらしかったが、どんなシステムかは当時私は知らなかったが、これで、日本の家族とEメールとかやらで連絡を取り合っているらしかった 



なんていいものがこの世にあるのだろう



さらに仕事場から日本のコメディーのビデオを借りてきて日本のテレビも見ていた



私は日本にいるときはTVなしでは生きていけなかったぐらいTVが好きだった



NYに来て4,5ヶ月



久しぶりに日本のテレビを見れて感動した ニコニコ



たまに、ビデオを貸してくれたが、私は、脱日本だったので、それほどうれしいわけではなかった



だが、彼女はNYライフを充実していて偉いなと思った



やはり、NYで一人暮らしは寂しいとこがある



そこで、Aは今度ネコを飼うと言っていた ネコ



私からはホント想像もつかないことだった



このNYの土地で彼女はいろんなことに挑戦していた



新しいことを始めると、必ず英語の壁にぶつかる



でも、彼女はとても頑張っていた



見習わないとね べーっだ!



彼女は英語を勉強をしに、近くのスタバに通っていた コーヒー 本



1999年世の中では今の様にスタバが有名ではなかった頃だった



コーヒーの飲めないAだったが、おしゃれなフレイバーティーをいつも飲んでいたな



彼女にはいろんな食べ物も教えてもらった



彼女はかなりの偏食で暴食



おいしいパンをゲットしたらそれだけで1斤食べつくす 食パン


 
ビックリした 叫び



彼女との話はこれから沢山出てきますが、今日はここまで



暇さえあれば彼女の家にお邪魔していた私



ここからさらに彼女といろんな冒険が始まります 夜の街



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Aと出会い、たくさんのことを教えてくれた



出会っときにAはBDCの生徒だった



生徒と言う意味はこの学校から学生ビザを取っているのだった



当時、私はビザについて全く知識なし 叫び



自分は観光ビザということだけ知っていたのだった



BDCの生徒とは楽しそうと思いきや、取らなきゃいけないレッスンの数がハンパない



私にとってはそんなにクラスが取れるなんてうらやましいと思うぐらいだったが



バレーアーツという別の建物のにある名前の通り、バレー中心の学校のレッスンも受けなくてはいけなかった



つまり、好きなHIPHOPとかのクラスだけではパスしないのだった



なので、みんな大変らしく、嫌々ながらいろんなレッスンを受けてるらしかった



さらに受講料も高いらしく、みんな大変そうだった



確か、英語のクラスもあった気がしたな



そんな感じの日本人生徒は沢山いた



でも、みんな活き活きとしていなかったのだ ドクロ



中には、何年もここの生徒を続けている人もいた



10年以上の人も、いや15年以上の人もいたな 叫び



とにかく受講料が大変



さらにビザを延長するのにもお金 お金



大変そうだったが、何年もNYに入れることをうらやましく思った



そんな中、Aはここの受講料が切れる時期らしく、だが、この学校では延長する気はなく、ある知恵を持っていたのだった ひらめき電球



その時はまだ話をはっきり理解していなかった私だったが、



学生ビザと保持しなければいけないI-20と言う書類



入学許可書



つまり、ここの学生であると言う照明書類



いくら学生ビザを持っていても、この書類がないと意味がない



この書類の偽者を入手するという事



Aはこの学校に通う意味がなく、無駄金を使っていると感じており、この生活はもうごめんだった



1年間この学校に通ってたのかな?



その前に語学学校にも通っていたから1年半以上はNYに住んでいた



AはNYにまだ住みたい



彼女はこうして、まだNYに住めることになってハッピーだった



このお話は後ほど詳しく説明します ひらめき電球




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Aと出会い、早速、先生たちが普段練習しているところというとこやらに連れて行ってもらった



どんなダンススタジオなのかドキドキして楽しみだった ドキドキ



場所は・・・・・・



ブルックリンブリッジの近く



地下鉄の駅を降りて・・・・・プロジェクト(低所得者用の公共団地)の間を通り抜けていくので、ちょっと怖い気もする



駅前は道路で込み合っているが、そこを抜けると結構静か



子供たちやティーンエイジャーがたむろっている 叫び



アジア人はあまり見かけない



黒人やスパニッシュ系が多い



さらに進み、ある建物にたどり着いた



と、そこはこれまたこの地域の日本で言う公民館というか、レジャー施設的な感じ



小さな図書館があったり、ジムがあったり、会議室があったり、そして、メインの体育館



実は、その体育館が練習場であった 叫び



体育館ではたくさんの子供たちが遊んでいた



そして、先生らも確かにいた



輪を組みブレイキングの練習をしていた



先生たちは、この地域の子供たちにダンスを教えているのだった



というか、Bボーイの練習は、勝手に輪に入って踊ってもいいので、誰でもが踊っていた



友達のAは一人で輪の外で練習していたのだった



私だって、初心者なので輪の中には入りたくない



そこで、Aは私に沢山の事を教えてくれた



基本の6STEP(6歩)から始まり、3STEP,2STEPなど



そして、フリーズ



途中、女の先生も来てくれた



まずはこの基本が出来ないと何も始まらなかった 叫び



ハンパないぐらい、大変



しゃがむのも大変、手の指も使えない



マジで大変やった しょぼん



Aは日本にいるときからブレイキングをやっていて、日本とNYの踊りの違いを教えてくれた



で、この先生らとダンスをしに日本からやって来たという



先生らは日本のチームとも繋がりがあり、日本にも仲間がいるらしかった



ブレイキングをやりたかったわけではなかった私だったが、地元のダンサーと練習場で練習が出来ることにうれしかった ニコニコ



とりあえず、毎週この曜日はここで練習をしているらしかったので私も参加することになった



ダンスレッスンと違い、先生らの普段のダンスを見た私



涙がでるほど感動した о(ж>▽<)y ☆



かっこ良かった、綺麗だった、すさまじいレベルだった



女の先生



男の中でたった一人の女性B-GIRL 



かっこよかった (≧▽≦)



そう、彼女はBGIRLでとても有名な方だったのだ ラブラブ!



私もいつかあんなになれるのだろうか はてなマーク



とりあえず、現在、週1の彼女らのレッスンを受講



週1の練習に参加



そのほかHIPHOP、JAZZらのクラスを受講



ダンスに少し変化が起きた時期でした



練習場では、地元の子供たちがキラキラした目で話しかけてくれた 目



子供なので、英語がさらに難しかった



さらに向こうも私のつたない英語を理解するのが難しかっただろう



でもね、子供達はじめ、みんな優しかったよ チョキ



さあ、これからの進展はどうなるでしょう ニコニコ





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NYLIFEの後半戦が始まり、妙にこの時期から友達ができるようになった ニコニコ



というのも、私も新人ではなくなり、夏休みを利用して、新人さんも多くなり始めたり、また、気のよさそうな先輩方とお話をしたりするようになったのだった



中でも、私のお気に入りのクラスであるオールドスクールHIPHOPでは、いつも一人の日本人がいて,その子と話すようになった



そのクラスとは、ポップ、ロッキング、そして、ブレイキングの基礎を教えるクラスだった



ポップ経験なし



ロッキングは私の主将を見返してやりたいほど極めたい種類



ブレイキングは主将に長いダンスキャリアを目指すなら安全を考えて手を出すな !!



との教えがあったものだった



このクラスの講師はスパニッシュ系の夫婦で教えていた



とても仲ののよさそうなカップルで、英語も優しく、教え方もとても私に合っており、ダンススタイルもタイプで、しかも振り付けも体に合うのかすぐに覚えることが出来て楽しいクラスだった



そこで出会った日本人女性A、彼女はブレイキングを主にしているBGirlだったわけ



その彼女がなんと、普段この先生らの練習場で練習をしているらしく、私も誘ってくれた



彼女が私を誘って、先生に話しかけに言ってくれたり、お互い勉強中の英語で一緒に頑張って話しかけるようになっていった



この彼女との出会いが私の人生を変えるのであった 叫び



彼女と出会わなければ、今の私はないのだ




お楽しみに ニコニコ パー




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友達の家に招待された



彼女はマンハッタンに住んでいた



場所を聞くとなかなかいい感じのエリアではあった



彼女はいつも明るい感じで『お金稼がないと』と言うのが口癖だった



彼女には日本人の彼氏がいた



メイクアップの勉強をしていて、スーパーモデルのメイクをするようになりたいぐらいの彼であった



今はまだ勉強中だったが、たまに雑誌の撮影があったり、今度ヨーロッパのほうに仕事があるらしかったがビザ問題で行けないようだった (T_T)汗



そんな彼氏と2人暮らしをしているらしかったが、今日は私をおうちに招いてくれた



『すっごい狭いよー』とは言ってはいたが、これは誰でも言うだろうと思っていたが、家に行ってみるとマジで



せまっ 叫び



ぶったまげるほどの狭さ



横幅畳のちょっとだけ広い感じ



手を広げると届く感じ



トイレ・シャワー共同 叫び



キッチンなし 叫び



これで、どうやって生活してるんだ はてなマーク



彼女は結構いつも同じ練習着を着ていたが、実は毎日手洗いしていた 叫び



キッチンがなくてはどうやって料理をするのだ はてなマーク



彼女たちは炊飯器を一つ持っていた



それで、何でも料理できるらしかったのだった



目玉焼きだの、卵焼きだの



私には想像できなかったが



途中店に買出しに行ったが、彼女はマックに寄った



何を注文するのかと思いきや、ソルト・ペッパー・ケチャップという調味料を持って帰ってくるだけだった



これで、味付けは出来る



こんな発想私はしたことなかった



彼女は日本の飲み屋で働いている カクテルグラス



今で言うキャバ嬢的な感じなわけで、美人な彼女は開店前によくおじさんと同伴して、お寿司などを食べたりして、かなりの小遣いは稼いでるはずだが・・・・・・・・



彼女はビザ申請のため、日本帰国のためのお金を貯めていたのだった



それに、彼との結婚を考えており、将来はNYの永住権をとり2人で幸せになりたいという目標もあった



偉いな、すごく頑張っているなと思ったね



それに比べて、私はなんて贅沢な暮らしをしているのだろう はてなマーク



とも思ったね



ま、一人じゃないし、一緒に頑張る彼氏もいて、幸せそうに見えた ラブラブ!



うらやましかった



いろんな人も要るわけで、私も早くそんな風に一緒に人生を共に出来るいい人を見つけたいなー シラー



一人暮らしを選んだ私だが、やっぱり異国の地で一人は寂しかった



たまにね 得意げ



のちに、彼氏さんの練習のためにメイクのモデルになったときもあったな



いつも彼女の顔で練習をしているらしかったがたまには違う顔での練習も必要らしかったので



とてもかっこいいひとで、メイクも上手だったな 口紅



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