今日は定刻近い時間帯に家を出発。そういえばキンモクセイの香りがあるコースをちょっと走ると微香で、今週半ばとかで香りも終わったのかな!?とも思います(降雨の時が一番香るから)。キンモクセイの香りで思い出すのは、新宿御苑・新宿門から入って大きなキンモクセイがあってその香りがレベチだったこと、、、なんで新宿御苑に行ったのか、、、多分ラーメン食べ歩きの帰り道だったかな。
他で気になったのは、
①近所の小学校で運動会
②銀杏がかなり落ちていた事
③サイクリングコースにあるイヌサフランがあと少しで見頃。これは既に開花しているところもあれば、まだのところもあってこれで足並みが揃う感じかな。
今日の最高気温予想は25℃、結果25.9℃
【☔️秋の雨の名前🍃】
秋に降る雨には情緒あふれる様々な名前があります。
「御山洗(おやまあらい)」は富士山を洗い清める雨という意味の言葉です。
さらに、雨そのものではなく、晩秋に木の実がパラパラと落ちる様子を時雨に例えた「木の実時雨」といった風流な言葉も。
サボテン
ツメレンゲ
アガベ
アガベ
ハオルチア
<20251011土・1012日・1013月の振替⑤ネット界隈で気になった物事>
・Win10サポート終了 伴うリスクは
・クマ危険 ポツンと一軒家やばい
・米倉にガサ入れ 引き返せないか、米倉涼子をマトリが本格捜査か(Xでもトレンドになっていたけど)
・勢いを失った創価学会は頭打ちか
・広陵の3年生部員 集団暴行を否定
・大阪万博「がっかりランキング」ミートボール3000円…値段を抑えた1位は
https://news.livedoor.com/topics/detail/29758315/
がっかり3位はお隣の国のパビリオン
3位は韓国館。
「1時間以上並んだのに大したことがなかった」
「3位は意外。K-POP風のダンスをシアターで上映していて、若い世代だったら結果が違っていたかも」
大阪・関西万博はミドル世代以上の入場者が多く、それが結果に反映されたのでは、と万博マニアの二神敦さんは指摘する。
「あと韓国料理は普段でも食べられるので、目新しさがない。大阪には鶴橋にコリアンタウンがあり、ミニテーマパークくらい充実している。そういう意味で、肩透かしだと思った人が多かったのでは」
2位は食べ物の値段。
「家族4人で2万円を超えてしまいびっくりした」
「すべてが高くてなかなかの散財になった」
「値札を見て驚き。とても手が出ない」
万博内には約100の飲食施設があるが、フランス館はコースメニューが1万1000円~、米国館はメインが4500円~、クウェートレストランはメインが3850円と、いずれも高価。
「あの価格は日本人にはキツイなとは思います。けれど、今インバウンドの方々がたくさん来ているのは、日本の物価が安いから。あの価格が海外の標準で、この値付けはある意味当たり前」
1位は混み具合。
「入場ゲートで想像以上に並んだ」
「ゆっくり見て回る感じでもないし、炎天下に並んで、どこをどう楽しめばいいのかよくわからなかった」
「まだまだ入りたいパビリオンがたくさんあるけど、入れる気がしない。特にヨルダン!」
「並ばない万博」を掲げてきたものの、イタリア館など人気パビリオンは5時間超えの入場待ちが続く。ただこれも時期によるようだ。
「当初『万博なんてつまらないんでしょ』というネガティブキャンペーンが激しくて、みんな行こうとしなかった。実際に開幕間もなくのころは混んでいなくて、人気の住友館も20分待ちで入れたくらい。その後住友館は4時間待ちの行列ができ、途中から抽選制になった。最初のうちに行っておけばよかった、という後悔組が出てきています」
混めば当然、予約も取りにくくなる。「予約の取りにくさ」は15位で、4票を集めた。
フィンセント・ファン・ゴッホ『木靴と鉢のある静物』1884年 ユトレヒト中央美術館でGrokすると
フィンセント・ファン・ゴッホの『木靴と鉢のある静物』(1884年)は、ユトレヒト中央美術館(Centraal Museum Utrecht)に所蔵されています。この作品は、ゴッホの初期の静物画の一つで、彼がオランダのヌエネンに滞在していた時期に制作されました。木靴や素朴な日用品を描いたこの作品は、ゴッホの農民生活への関心と、日常の美を見出す試みを反映しています。暗い色調と写実的なスタイルが特徴で、彼の後期の鮮やかな色彩とは対照的です。
追加で以下質問
1884年代のゴッホはどんなことをしていたの?
1884年、ビンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)は主にオランダのニューネン(Nuenen)に滞在し、画家としてのキャリアを深めていました。この時期は彼の初期の芸術活動において重要な転換点であり、特に農民や田舎の生活をテーマにした作品に焦点を当てていました。以下に、1884年のゴッホの活動を簡潔にまとめます:ニューネンでの生活:ゴッホは1883年末から1885年まで、両親の住むニューネンで過ごしました。1884年は彼がこの地域で本格的に制作活動を行った年です。
農民や労働者の生活に強く惹かれ、彼らの日常をリアルに描くことに注力しました。この時期の作品は「農民派」とも呼ばれるスタイルで、暗い色調と素朴な主題が特徴です。
代表的な作品:1884年には、農民の生活を描いた多くの素描や絵画を制作しました。特に有名なのは、農民の肖像や田園風景で、後の名作『ジャガイモを食べる人々』(1885年)の準備となるような作品群です。
織工や農民の家、田畑などを描いた素描が多く、ゴッホはこの時期にデッサン技術を磨きました。
芸術的成長:ゴッホは色彩や構図について学び、ミレーのような画家やオランダの伝統的な風俗画に影響を受けました。
油彩だけでなく、水彩や素描にも取り組んでおり、技法の習得に励んでいました。
個人的な生活:家族との関係は複雑で、特に父親との緊張関係が続いていました(父親は1885年に死去)。
また、この時期に近隣の女性マルホット・ベーヘマン(Margot Begemann)との短い恋愛がありましたが、彼女の自殺未遂により関係は破綻しました。
影響と背景:ゴッホはまだ商業的な成功を収めていませんでしたが、ニューネンでの生活を通じて、後の鮮やかな色彩や表現主義的なスタイルにつながる基盤を築きました。
彼は自然や労働者の生活に深い共感を抱き、それが作品に反映されています。
まとめ:
1884年のゴッホは、ニューネンで農民の生活を描きながら、画家としての技術と表現力を磨いていた時期です。暗い色調の作品が多く、後の鮮やかなスタイルとは対照的ですが、彼の情熱と社会への関心が強く表れています。この年の経験は、ゴッホの芸術的進化において重要な一歩でした。
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冷凍食品の日(10月18日 記念日)
東京都中央区築地に事務局を置き、冷凍食品を通じて食文化の向上を図り、豊かな社会を形成する一般社団法人・日本冷凍食品協会が1986年(昭和61年)に制定。
日付は10月は食欲の秋であり、また「れいとう(10)」(冷凍)と読む語呂合わせから。18日は冷凍食品を保存するのに適した温度がマイナス18℃以下であることから。便利な冷凍食品を上手に使いこなして、より多くの人に食べてもらうことが目的。
マイナス18℃以下の温度は冷凍食品の世界共通の管理温度となっている。この日を記念して、毎年ゲストを交えてのトークショーや冷凍食品を利用した料理の試食会などイベントが開催される。
日本冷凍食品協会(Japan Frozen Food Association)は、冷凍食品や関連機器の正しい知識の普及のために講演会・料理講習会の開催、パンフレットの製作・配布など、冷凍食品の品質管理の向上のために「認定証」マークの添付、冷凍食品に関する調査・研究、定期刊行物「冷凍食品情報」の発行などを行っている。
冷凍食品について
冷凍食品とは、長期保存を目的に冷凍状態で製造・流通・販売されている食品のことである。水分や油脂が凍結・凝固する程の低温にすることで微生物の活動を抑え、製造後1年程度の長期間にわたって保存できるのが特徴である。
保存温度のマイナス18℃は0℉(華氏0度:ファーレンハイト度0はセルシウス度-18)に由来する。さらに温度を下げれば、魚に寄生するアニサキスのような寄生虫を殺すこともできる。また、マイナス18℃以下の温度は、長期保存においてビタミンCなどの栄養素を保つ役割もある。
冷凍食品は、もともと1900年代のアメリカにおいて、あまり日持ちのしないジャム加工用のイチゴを輸送に適するために冷凍にしたのが始まりと言われる。
日本で初めて市販された冷凍食品は、1930年(昭和5年)に戸畑冷蔵(現:日本水産)が発売した「イチゴシャーベー」(冷凍いちご)とされる。これはジャムへの加工を目的としたアメリカのものとは違い、イチゴそのものを味わうための商品であった。
戦後、1964年(昭和39年)の東京オリンピックを機に、冷凍食品に適した解凍・調理法が研究され、外食産業分野で利用が始まった。1970年代以降、冷凍冷蔵庫や電子レンジの普及、セントラルキッチン方式のファミリーレストランチェーンの拡大などにより、家庭用・業務用ともに冷凍商品は広く普及していった。








