ビシリ、ピシリ。
地面が重力の負荷に耐えられず音を立てて割れていく。
旅人の周囲だけが綺麗なままで、それが旅人と少女との精霊のランク差を表していた。
精霊は本来精神体だけで存在しているために、肉体の制御がわからず主の体にまで自身の能力の負荷をかけてしまう。
少女の中の重力を操る闇属の精霊と、旅人の空間属の精霊の力が体にかかる圧力を相殺し、少女は何とかその身を保っている。
しかし、何事にも限界があるというもので、旅人はなるべく精霊、少女ともに無傷で助けようと急ぐが、焦らずに、暴走を止めようと命令式を紡いでいた。
言は詠唱のようなものだと説明したが、詠唱は詠唱で別に存在する。
命令式が何をするかの書類だとして、詠唱は行動だと考えればいい。
つまり、頭でくみ上げた命令式を詠唱として精霊に伝えることでそれを実行してもらうのだ。
精霊自身にも考えることはできるので、やってもらいたいことを伝えるだけでもいい。
相手が自分よりランクが上の存在ならばすべて明確に伝える必要もあるが、今回は少女のランクのほうが下だったために、その必要はなかった。
旅人は"少女の体にかかる少女自身の精霊の圧力を中和してほしい"ということを伝えた。
残りの、つまり体外の、少女の周辺にかかっている圧力を旅人が中和し、精霊の能力暴走を抑える。
能力の暴走を抑えれば精霊自身も落ち着きを取り戻すことが可能となり、少女の意識も戻るだろう。
そう推測した旅人は重力の中和に取り掛かった。
少女の体が淡く黄色の光を帯びて、旅人の精霊が力を中和していることを物語る。
重力に耐えるように重心を落として体勢を崩さまいとしていた少女はゆっくりと、しかし確実に直立の体勢へと変えていく。
そして真っ直ぐと立った少女は糸が切れた操り人形のようにその身を重力に従って傾けさせた。瞬間、少女の精霊が姿を表して、少女を支える。
小鳥のような小さな精霊は自身を膨らせ、少女と地面との間のクッションになった。
意識は有るようだが力が入らないらしい。暴走の反動だろう、首を動かすのが精一杯のようだ。
少女は唐突に呟いた。
「···ユーヌ。」
「君の精霊の名前か?」
「···ん。」
「じゃあ、君の名前は? 」
少女は少しばかり思案している。
どうやら旅人の事を怪しんでいるのだろう。
「まあ、怪しむのも仕方がないか。とりあえず君を助けたと言うことで信用してくれるか?」
「···トゥーリ。トゥーリ·ハマルフ。」
「ありがとう。じゃあトゥーリ。君はどうする?···見たところ体に力が入らないんだろう。宿屋までなら送ってあげられるが。」
「大丈夫なのです。ユーヌが回復してくれるのです。お兄さんは?」
「旅人だ。街から街へ渡り歩いている。」
そのまま少女、トゥーリは少し思案するように俯いた。
そして意を決したかのように顔を上げ、旅人へと言い放った。
「私を連れていって欲しいのです。」
「···え?君は暴走を起こしたばかりだろう?体は···。」
「大丈夫だといっているのです。···ユーヌ。」
瞬間、ふわりと淡い光が少女を包んでいく。
数秒ほど経っただろうか。すっくと少女は立ち上がって自身の身体を確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返した。
その動作のあと、誰にとでもなく頷いき、しゃがんだままの旅人へと視線を向けた。
旅人は屈めていた身体を伸ばし、少しの憧憬を含んだ眼で少女を見つめた。
本来闇に属する精霊は回復魔法を得意としない。しかし、少女の精霊はいとも簡単に少女の体力不足を補った。
少女は何とも思っていないのか、平然とした顔で旅人を見上げている。
珍しい事もあるものだと思い、断固として旅人に付いていきたいと主張する表情の少女へ返事を返した。
「···別に旅に付いてくるのは良いが、誰かに伝えなくてもいいのか?」
「良いのです。あの人たちは今、全国漫遊中なのです。···別に捨てられた訳ではないのです。···その、ちょっと勝手によくわからない街を巡られても困るので逃げてきただけなのです。」
どうやら自分の足で街を巡りたいらしい。
このご時世、随分偏屈な考えを持った少女もいるのだと旅人は驚いた。
同時に重い話でもなかったようだと旅人は少し安堵してため息をもらした。
「じゃあ、旅先で見つけたら帰るんだよ。それなら良いから。」
「まるで途中でやっぱだめとでも言いそうな返事なのです。でもそれでも別に良いのです。私は旅をしてみたかっただけなのですから。」
「···うん、じゃあ行こうか。」
旅人は若干の不安を胸に抱えつつも、街を少女と共に出た。