整備新幹線のもう一つの選択肢、中速新幹線
動画でも解説していますが、中速新幹線を今一度、定義してみたいと思います。
実は、JRのあり方は改めて検討されるべき時期に着ていると思います。
特に整備新幹線は、改めてフル規格が本当に良いのかと言うことを含めて再検討すべき時期に来ているのでは無いでしょうか。
そうした意味で、中速新幹線による狭軌高速鉄道を改めて考えるべき時期に来ていると思います。
今回は、youtubeの動画をベースに解説を加えながら進めていきます。
youtubeもご覧ください。
こちらの記事を解説しています。
中速新幹線の定義は?
「中速新幹線」とは、最高速度がおおむね150km/hから200km/h程度で走行する鉄道を指す呼称です。
と示されています、更に具体的には以下のようになっています。
法的扱い: 全国新幹線鉄道整備法で定義される「新幹線(200km/h以上で走行可能な幹線道)」には該当せず、実態は在来線の高速改良型という位置付け。
速度域 : フル規格の新幹線(260km/h以上)と、従来の在来線(最高130km/h程度)の中間
目的 : 建設費の高騰や人口減少を受け、フル規格での整備が困難な基本計画路線などにおいて、既存のインフラを活用しつつ低コストで速達効果を得るための「第3の選
択肢」として注目されています。
以上 GoogleのAiモードからの要約引用
当時の名称は、新幹線規格新線[スーパー特急]
そして、この定義の根拠は、1988年のJR発足直後の運輸省[当時の名称]での整備新幹線建設予算の中で編み出されたものでした。
青函トンネルのように、最初から標準軌対応で建設しておき、将来的にはフル規格に変更させることが可能とする考え方でした。
当面は、在来線の高速鉄道という位置づけで計画するというものでした。
当初の計画では、北陸新幹線 長野~以西は新幹線規格新線。軽井沢~長野はミニ新幹線(新在直通新幹線)構想で計画されていたと言われています。
他にも、九州新幹線の、熊本~西鹿児島[現・鹿児島中央]及び西九州新幹線の武雄温泉〜長崎間]などもフル規格ではなく、新幹線規格新線での整備で進められていたのです。
実際には、グレードアップした特急列車等がJR発足直後はスーパー特急と呼ばれていましたよね。
話が新幹線から離れてしまいましたが。
改めて中速新幹線の話に戻ります。
地元はスーパー特急方式には大反対
しかし、この構想が発表されると、地元では反対運動が起こります。
当時は、スーパ特急方式は地元からは大ブーイングでした。
ウナギを頼んだら.穴子が出てきた・・・などという言葉で地元では不満が大きかったと言われています。
何としても、フル規格の新幹線が欲しい、時代はバブル景気のまっただ中ですので、そうした意識が高かったのだと言えるでしょう。当選の事ながら、地元は納得せず、地元選出の国会議員などに陳情することとなりましたが……、やがて、フル規格に舵を切る事が出来たのです。これには、ある事情があったのです。
それは、新幹線保有機構が所有していた東海道・山陽・東北・上越新幹線の売却益を財源にするというものでした。実際には、新幹線リース代金は国鉄長期債務の一部として組み込まれていますので、直接その財源を回すわけには行きませんので、再調達価額として更に一兆円を上乗せした金額でJR本州三社に売却することとしたのです。これにより、新幹線の建設財源の目途が立ったことから、当初はミニ新幹線規格であった、軽井沢~長野間は、長野冬季オリンピック開催が決まったこともあり、地元の要望もあったことからフル規格に変更されることとなったのです。
同様に、九州新幹線も、同じように地元の声も有り、フル規格で計画されることとなりました。
特に北陸新幹線は以下のようにな時系列で、一気にフル規格化が決定していったのです。
1988年 8月31日 スーパー特急方式で軽井沢~長野間を整備する方針を示す。
この時に同時に決定された区間は以下のとおり
- 北陸新幹線: 軽井沢〜長野、高岡〜金沢、糸魚川〜魚津など
- 九州新幹線(鹿児島ルート): 八代〜西鹿児島(現・鹿児島中央)
- 東北新幹線: 盛岡〜青森(一部区間)
北陸新幹線 軽井沢 ~ 長野間 工事実施計画(フル規格)認可申請


