鉄道ジャーナリスト加藤好啓(blackcat)blog

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福祉と公共交通の視点から、鉄道のあり方を熱く語る?
blackcat こと加藤好啓です。
現在の公共交通の問題点などを過去の歴史などと比較しながら提言していきます。
随時更新予定です。

加藤

総裁、本日も引き続きよろしくお願いいたします。

世間では総裁と言えば新幹線の生みの親として知られております。

しかし私は、総裁の本当の功績は、昭和30年代に国鉄という巨大組織を立て直そうとした経営改革にあるのではないかと思っております。

今日は、新幹線ではなく、支社制度そして、管理所制度について、お伺いしたいと思います。

 

十河

ほう。

そちらに興味を持つ人は少ない。

しかし、鉄道は列車だけで動いておるのではない。

組織が動くから列車が動く。

その意味では、新幹線よりも大切な話かもしれんな。

支社制度についてであるが、これは大きな目的があったのじゃ。

それは、現場に近い組織が、現場を動かすということなのじゃ。

 

国鉄は全国に路線が広がっておる。

東京の本社だけで現場を動かそうとすれば、

判断が遅れる。

責任も曖昧になる。

だからこそ、「できる限り現場へ権限を委譲したかった。」のじゃ。

本社は方向を示す。

支社は地域を経営する。

現場は輸送を担う。

この役割を明確にしたかったのじゃが、結果的には権限を地方に奪われるとして本社が抵抗して、結果的に上手くいかなかったのじゃ。

実際に何度かは、地方に権限を卸すべく奮闘したのじゃが、不十分であったのは残念である。

 

加藤

総裁、ありがとうございます。

現在で言えば、持株会社やホールディングスのような考え方にも通じるように思えます。

 

十河

ホールディングスと言うものは、知らないが、公共性と企業性のバランスをどのように取るかと言うことが中心となっておるのじゃ。
本社は方針と予算、政府との折衝などを行って、実際の運用は現場の創意工夫に任せるという方向にしたいのじゃ。
そのために、それまでの総支配人制度を改め、支社長制度とすることにしたのじゃ。総支配人制度だと、どうしても本社の意向を伝えるだけの組織になってしまうからのう。

 

加藤

総裁、正にそれこそが現在版のホールディングスの考え方です。

しかし、実際には中々進まなかったのでは無いのでしょうか?

 

十河

実際には、何度かに分けて、権限を降ろしてゆこうとしたのじゃ、例えば、助勤派遣の権限、駐在運輸長の設廃権限及び乗車券センターの設廃等の権限を支社長に権限とするなど、何でもかんでも本社に上申ではなく、現場限りで対応できるものは支社に降ろす、その反面統計事務の強化などは本社機能として高めるほか、組合関係の運動関係に対しての指導強化のために、本社職員局に調査役の設置を行い、労務管理に関するPR活動を活発化するとともに,地方情勢の把握及び重点地区に対する指導連絡を強化し,労働対策を機動的に行えるように、職員局に調査役を若干名を置く等が行われたとしており、その方向性が明確にしていったのじゃ。

 

加藤

営業に関する事などは、現場に、その反面。
組合運動などに関しては、本社の権限を強化していったのですね。

新潟闘争などもあった跡ですから、余計でしょうね。

 

十河

正に、その通りじゃ。

公共性と企業性の間で、どのような仕組みを考えていくべきかというのがあくまでも基本的な方向性であったと言えるのじゃ。

 

加藤

ありがとうございます。

実は、国鉄改革後のJR西日本やJR東日本でも、地域ごとの運営を重視する組織として鉄道部などが設けられました。
私は、管理所制度の思想にも通じるものがあるように感じております。
一方で、管理所制度そのものは、地域によって成果に差があったとも伺っております。
例えば仙石線管理所は比較的成功例として紹介される一方で、他の地域では必ずしも十分な成果を上げられなかったとも言われます。
総裁ご自身は、この制度をどのように評価されておられますか。

 

十河

「概ねその理解でよい。

私は、駅は駅、機関区は機関区という縦割りではなく、一つの地域全体の輸送に責任を持つ組織を作りたかったのじゃ。

鉄道は、営業も、運転も、保線も、電気も、車両も、一つになって初めて安全に動く。その組織もまた、一つであるべきだと考えたのじゃ。」

 

加藤

ありがとうございます。

実は、現在のJRも発足後にJR西日本ぉよびJR東日本で、鉄道部が発足しましたが、結果的には上手くいかなかったようです。
管理所制度では、その辺は上手くいったのでしょうか。
ありがとうございます。

一方で、管理所制度そのものは、地域によって成果に差があったとも伺っております。
例えば仙石線管理所は比較的成功例として紹介される一方で、他の地域では必ずしも十分な成果を上げられなかったとも言われます。
総裁ご自身は、この制度をどのように評価されておられますか。

 

十河

制度というものは、作れば成功するというものではない。

大切なのは、それを動かす人じゃ。

管理所長に十分な権限が与えられなければ、ただ組織の名前を変えただけになる。

私が目指したのは、地域に責任者を置き、その者が営業も輸送も施設も車両も一体として考える組織であった。

しかし、国鉄という巨大組織には、従来の縦割りの考え方が根強く残っておった。

私が退任した後も、その理念が十分に引き継がれたとは言い難い面もあったであろう。

それでも私は、現場に近い者が責任を持って判断するという考え方そのものは、決して間違っていなかったと思っておる。

国鉄改革を語る十河信二氏と加藤氏

加藤

本日は、お忙しい中ありがとうございました。

総裁には、是非とも組合運動の事や、経営のことなど様々な角度からお話を伺わせていただければ幸いです。

 

AIとの共創シリーズとして、アップしております。