今日も思うことを思うままに書かせていただこうと思います。
先日、AIにも感情(いわゆる怒ったりといったこと事)を再現できるか聞いたことがありました、昨年聞いたときはAIには感情はありませんからと言う答えが一般的であり、擬似的な感情らしきものが人間側の受け取り方によって、そのように感じるのではないかという見解がありました。

そして、最近も同じようなことを質問すると、より人間の感情に近い形での怒りとかも再現というか、かなりの確率で怒りを再現できるとのことであり、正直ちょっとびっくりしたものです。

AIがそこまで進化しているのか・・・・、逆に進化していないのは人間だけなのかと。

意外と進化していないのが人間であり、AIの方が更なる進化を遂げているのではないかと感じてしまいます。

長文読解ではなく短文で、場合よってはそれこそ三行ほどでなんてことが続けばどうなるか・・・人間のワーキングメモリーは小さくても良いとなってしまいます。

それを時短だとか、コスパだと考えて居るうちは特にそうです。

最近、XのAIGrokの劣化が著しいなどという噂を耳にしますが、これもさもありなんと思えるわけです。

と言うのも、SNS運営者がAIを学習させる際、日々投稿される短文の数々を対象にせざるを得ないからです。前後の文脈が不明な言葉が延々と続く内容では、AIが分析しても得られる情報は僅かです。こうした質の低い言葉(データ)が増えていけば、AIの精度が下がるのは自明の理ではないでしょうか。

逆に、Metaが運営するMeta AIでは、逆にFacrbookやInstagram等からの情報を元に分析する特にFacebook等は長文を投稿する人も多いので、結果的にはAIの学習を手助けしているように感じます。
さらに、地味に進化しているのはgoogleのAI検索。画像生成は試したことはないですが、文書作成なども行ってくれそうです。勿論画像の検索機能から、自身が撮影した写真の批評などもしてくれると共に、それまでは一枚だけだったのが現在では複数枚〔個人的には五枚まで試しました)を同時に読み込んで批評を返してくれるなど、日常使いの程度では、むしろgoogle検索のAIモードが最強ではないかと感じてしまいます。

このようにAIは、我々の思い描く以上に進化して行っています。

ITの世界をドッグイヤーと呼ばれますが、最近では更にはハイパードッグイヤーとも呼ばれるそうで、実際に生成AIで作成される非技術等でより新しい技術が更に広がって行くと言った可能性も出ているという事でしょうか。

このように、どんどん進化して行く中で、相変わらずAIに喧嘩を売るのが楽しみだという人などを見ると正直寂しいというか哀れな気持ちになってしまいます。

小学生が、いまさっき言ったでしょうと言われたときに、

何時何分何秒で、地球が何周回ったとき・・・みたいな屁理屈で返すようなものですよね。苦笑

 

多分に、非常にマイナーな質問をそれも短文で示すから、その範囲を絞りきれないので汎用的な答えを返すことで、AIは何時までも賢くない、自分が賢いのだと自分を慰めているのだろうなぁと思ってしまうのです。

実際に世の中には、このような人が多いのではないでしょうか。

そして、これはキレル老人と同じだと思ってしまうのです。

 

自分の領域を守りたいが為に自分で壁を作ってそこから出ない、だからいつまで経っても知識はアップデートしない、外に出れば完全に浦島太郎状態で会話が通じない・・・だからキレル、もしくは、過去の成功体験で押し切ろうとする。
そんな状態になっているように思えます。

ソクラテスの言葉として、「近頃の若者は」 と言ったとされる言葉が有名ですが、これはどうも、 近現代(20世紀になってから) の創作だとも言われています、かといって昔に完全な世代間断絶がなかったとは言いにくい、というかむしろ平均寿命が短く、40歳前後と言われる中で60歳くらいまで生き延びる人は少なく、そうした人が長い人生経験から重宝されたことで、世代間対立と言うよりも知恵袋としての機能していた可能性があります。
反面、現在は医療技術の進化などで救える命が増えたこともあり、老人人口も爆発的に増えた訳ですが、老人自身がリスキリングに挑戦する人もいれば、そうした事をしないで自分の殻に閉じこもってしまう人達がいたりする。
リスキリングで新しいものを取り込もうとする人は、若い人達からも知恵者として尊崇の対象になり得ますが、そう無い場合は結果的に老害と言われて余計に分断することになる訳です。

正直、歳を重ねてから新たに学び直すというのは辛いです。

文字が見えにくかったり、新しい事を覚えるのが億劫になる、覚えてもすぐ忘れる等です。

私自身は、最近はキーワードだけ覚えて後はAIに教えてもらうとか、逆にAIに教えてもらう内容から、気になることは更に質問したりして自身の中で理解できる形まで落とし込んでいくといった使い方をしており、少なくとも私の現在の能力ではこの程度使えれば、日常生活には困らないかなぁと思っている自分がいるのですが・・・・さてさて、このようなAIとの付き合い方が正しいのか否か判りませんが少なくとも自身にとっては最も心地よいし、他人に迷惑を掛けることではないので、これからもこのスタイルを貫きたいと思うこの頃です。

皆様も、AIはダメだと言って切り捨ててしまう前に、自分なりのAIの使い方をマスターしていくことが重要ではないでしょうか。AIに高い課金だけをしても、高度な解析などを必要としないのであれば、自身の外部ストレージと割り切って使うことが、ご自身のためにもよい影響を与える・・・そんな気がしています。

是非とも皆様のご意見を賜れれば幸いです。