昨日、大阪市内で大変大きな事故があった。
駅前に車が暴走して炎上、運転手が死亡、巻き添えで三名が怪我をしたという。
昨日、偶々その駅から乗車したのですが、駅の周りに警察の車が何台か止まっており、車の事故処理かなと思ったら、車の正面がひしゃげしばらく前まで燃えていたとのこと。
駅構内も自動改札機にガードレールの柱か何かがぶつかったようで、曲がった鉄棒が横たわっていて、事故の衝撃を思い知らされます。
この事故で、冒頭に書いたように運転していた方は亡くなったそうですが、40代の方だったそうで、タクシーか何かの有償輸送車両だったとのこと。
そして、この運転手も事故を起こす直前まで自分が事故を起こすとは夢にも思っていなかったことでしょう。
そして、事故に巻き込まれた歩行者も、直前まで事故に巻き込まれるとは夢にも思っていなかったことでしょう。
すなわち、我々はその瞬間まで、事象が起こるか、起こらないかを知ることは出来ない訳です。
当たり前じゃ無いかと言われそうですが、その当たり前が実は当たり前では無いわけですね。
全ては、偶然の中で生まれているわけです。
志賀直哉の小説、「城の崎にて」では、驚かせるつもりで投げた小石が偶然イモリに当り、イモリが死んでしまうと言う話が出てきますが、まさに全ての生き様は、偶然の産物で出来ていると言うことです。
663highland, CC 表示 2.5, リンクによる
今が、永遠に続くわけでは無いわけです。
それでも、今が永遠に続くと思えるのは、幸運という偶然が重なっていると言うことなんです。
そう考えるならば、文句を言うよりも今を生きていることに感謝することに為らないでしょうか。
そんな気がして為りません。