全国新幹線網計画の第一陣として計画された、東北・上越新幹線ですが、結果的には昭和54年頃までに遅くとも開業させたいという願いは、昭和57年大宮暫定開業という形で何とか形となりました。
しかし、ここに至るまでには、石油ショックなどによる経済成長のストップ、更には新幹線名古屋訴訟などの住民運動等の状況が重なり合った結果、開業は大きく遅れることとなり、当初は予定に無かった上野駅の建設もあいまり、波乱に満ちた新幹線となりました。また、現在も東京~大宮間が130km/hとなっている背景などにも踏み込んであります。
ただ、尺の関係で学校法人との確執など割愛させていただいた部分もありますが、今後機会があればその辺も深掘りしていきたいと考えております。
