モラトリアム
「ネバーランドって知っているかい?」
「あ、ピーターパンのですか?」
右隣に座っていた男が反応した。
「そう。子供しかいない国」
「それがどうかしたんですか?」
今度は左隣に座っていた女が言った。
「いや。俺は今でも時々、本当にネバーランドがあればなぁ何て思う
ことがあるんだ」
「またどうして?」
向かいに座っていた男が言った。
「やっぱり大人になりたくないんだろうなぁ。歳を取るにつれていろ
んなしがらみとか葛藤とかが出てきて、やがて純粋な心を失って行く
って思うと、本当少年のままでいたいっていうか・・・」
「へぇ~、そういうこと考えるなんて意外です」
左斜め前の男が身を乗り出してきた。
「でもよく考えてごらんよ。この中で俺よりも精神年齢が上の奴なん
ていっぱいいるよな?」
「そうですか?」
右斜め前の女性が首を傾げる。
「そうだよ。俺はまだ大人になりきれていない未完成な人間だよ」
「お客様。そろそろ閉店の時間になります」
その時入り口から店員が顔を出した。
「ごちそうさまです」
「ごちっす」
「いつもすいません」
「部長!おいしかったです」
「また連れて行ってくださいね」
その場にいた全員が俺に向かって声をかけてくる。
やっぱりダメか。
俺は黙って財布を取り出した。