岸本はしばらくオフィス内を徘徊し、各部署の様子を睥睨し、隙あらばどこかの会話の輪に入り込もうとした・・・しかしながら、先週の出来事が出来事だったので、社員はほぼ全員「こっちにこないでくれ」という雰囲気を醸し出しつつ、岸本と視線を合わせないようにしていた・・・・



やがて岸本は、俺達営業部員が会議をやっているあたりにやってきた・・・そして空いている席に勝手に座り、会議の様子を腕組みして観察し始めた・・・・ワンマン経営の会社だから、我がもの顔なのもいたしかたないのかもしれないが、社会人としていささかマナーを欠いているような気がしないでもない・・・まあ、もはや、そんなことはもうどうでもいいんだが・・・



嫌な気配を感じつつ、俺達は構わず会議を続行していたのだが、岸本が着席後数分経つと、ちょっとした沈黙の間に乗じて奴が烈火のごとく奴張り上げ始めた。



「ちょっと!!あなたたち、いったい何考えてるんですか?私が休んでいるこの数日間、全く業務の情報共有がなされていないんですよ?!!なんで私が浦島太郎状態なの?!!情報共有は基本でしょうが!!!」



・・・俺達は呆気にとられたのち、殺意に近い感情を覚えた・・・会社が吹っ飛ぶだけの事態を引き起こした揚句、しばし逃走を決め込み、久々に出社したと思ったら、いきなり(いわゆる)逆切れをかましつつ自己正当化をおこない、さらにはあらゆるトラブルを忘却の彼方に葬り去ろうとしているようだ・・・



しばしの沈黙ののち、与田さんがおもむろに立ち上がり、岸本の右肩に手をかけ、押し殺した声で話し始めた。「社長・・・ちょっと・・・喫茶店でもいきましょうか・・・じっくり、話したい事があるんですわ・・・」


いつのまにか景山も現れ、岸本の左側に寄り添っていた・・・岸本は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたのち、覚悟を決めたのか、黙ってうなづき、その場で立ち上がった・・・。与田、景山のふたりは岸本の両脇をがっちりと固め、逃げ出す余地のないように注意を配っていた・・・3人は密着しあってオフィスを出て行った・・・その姿は俺の脳裏に「強制連行」という言葉を想起させたのだった・・・

・・・結局、その週には、岸本社長は出社してこなかった・・・「会社が飛ぶ」かもしれない事態だったのだが、代表取締役は布団をかぶって嵐が去るのをただただ待ちながら、うたたねしたり、ネットショッピングしたり、甘いものを食ったりしていたんだろう・・・


オレたちは「どうすんだよ、コレ・・・」と呟きながらも、もはや感覚がマヒしているので、たいして気にするでもなく、岸本の不在というオレたちにとっては快適な状態を甘受しつつ残りの勤務時間をやり過ごした・・・来週はいったいどうなるんだろう、という淡い期待を抱きつつ・・・



与田さん、景山さんといった新参のキャリア組たちは深く深く憂慮しつつ、岸本が出社した暁にはキッツ~~~イお灸をすえねば、と覚悟を決めたようだ・・・





そして、週明け、始業時、岸本の姿はなかった・・・「・・・とりあえず、営業部の朝礼と会議やるか?」与田さんのつぶやきとともに、オレは案件リストを用意し、会議に加わった。


・・・会議が30分も経ったあたりで、オフィスの入り口の扉がけたたましい音を立てて開け放たれた。


「おはようございまっしゅ!!!」

仮病を押し通して、修羅場からの逃避を繰り返していたその男、岸本は、栄養過多で一段と太ったように見える厚顔をテラテラと光らせ、満面の笑みを浮かべて大股でオフィスを徘徊し始めた・・・
「しっかし、どうすんのや、これ」
メニューを眺めながら与田さんがつぶやいた。




パンフのクレームがきたのが水曜日。そしていまは金曜日の午後1時すぎである。オレは与田さん、景山さんと定食屋に昼食を食べに来たところだ。クレームがきて以来、岸本社長は会社に姿を見せていなかった。電話にも出ない・・・



与田さん、景山さんは社長と一緒に同行して謝罪にあがるつもりでいるのだが、かんじんの社長は病欠を決め込んでやり過ごそうとしている。たぶん仮病だろう・・・・




「最悪、週明けすぐにお詫びにあがらなアカンな・・・なんで事情も知らんワシらがいかなアカンのかはわからんけども・・・」与田さんがお茶をすすりながら、ため息をついた。「けったいな男やで、ホンマにい・・・キビシイこと言われるにしても、会社が傾くよりかはマシやろに・・・」



本当にケッタイな男なのである、岸本は・・・。この日の午後になっても奴は出社しなかったものの、自宅から社内のグループウェア上でガンガン業務連絡を飛ばし始めた・・・・ただし、問題となっているクレームとはまったく関係のない、ヴァージョンアップのリリースだの、バグの修正などについてである・・・奴は問題となっているクレームなど存在していないがごとく振舞っていたのである・・・あるいは本当に忘れていたのかもしれないが。。。



とうとう与田、景山両名は週明けに岸本に熱いお灸をすえる覚悟を決めたのだった・・・奴が出社してくれば、の話だが・・・