クレームの来た翌朝、オレはいつも通り淡々と出社し、惰性で業務の準備をおこなっていた。


与田さんいわく「会社が飛ぶ」かもしれない事態であるから、それなりに緊迫しているべきなのかもしれない。

だが、別にいつ潰れてもかまわない、という心もちを抱えて働いてきたので、オレは格別テンパることもなく、ダラダラとPCを立ち上げたりしていた。他の多くの社員も同様の様子である。劣悪の労働環境で過ごしていると、トラブルがトラブルとして実感できなくなるのだ。


マヒなのかもしれない。


感覚が鈍魔しているのである。


そんなわけで始業後10分で早速オレは屋上にあがり一服をキメ始めた。曇天を見ながら物思いにふけろうか、という刹那、視界の端にやや険しい表情の痩身の男が現れた。


景山であった。


「高田くん、、、社長が来ないんだけど、、、いち早く先方とアポをとってお詫びにあがるべきだとおもって待ってるんだけど、、、、」


景山は、厳粛な面持ちでそう話し始めた。自分も謝罪に同行するべく、ビシっと正装している・・・入社まもない景山にとって、今はまさしく非常事態、全身全霊をもってトラブルを処理すべきときのようだ・・・大半の社員は弛緩しきっているのに・・・


オレは何と言葉をかけるべきかしばし逡巡したものの、意を決して口を開いた



「・・・景山さん・・・社長は来ないとも思います・・・しばらく休むんじゃないでしょうか・・・」


オレの発言を理解しかねたのか、それとも自分の入った会社の不条理さに虚をつかれたのか、景山は放心したような表情をしたのち、眉間にしわを寄せたままうつむいたのだった・・・

ビッグブラザー社内では、グループウェアを利用して仕事を管理しており、プロジェクトメンバー間でメッセージが飛び交っていると、直接そのプロジェクトに関わっていない社員もその様子を確認することができる。


今回は、景山が「緊急!知財権問題」とプロジェクト名をたて、いろんな社員にタスクをたてていった。であるからにして、寝ていない間は基本的にネットに繋がっている岸本は今起こっている騒乱を知っていたはずだ・・・


しかしながら、与田さんが携帯、Windows Messengerなどで岸本へのアクセスを試みるも、夕刻すぎまで、全く何の反応も返ってこなかった・・・



そして、ようやく、18時30分を過ぎたあたりで、メッセンジャーのチャットを通じて、与田さんは岸本との連絡をとることができた。



以下、そのやりとりである・・・・



岸本「与田さん、おつかれさまです。熱が39度以上出ているので、布団から顔だけ出してPCを立ち上げてみたところでsす。


与田「社長。お疲れさまです。おからだにはきをつけてください。それはそうと、例のゲーム会社から、キャラクターをうちのパンフに使っていたことで問い合わせがきているんです。いちはやく対応してください。トラブルは早めに対処しないと


岸本「変なこという会社ですね。クレーマーじゃないですか? わたし、パンフのことは何もしらないので亀岡にきいてください


与田「亀岡さんは何も知らない、と逃げました。あなた社長なんだから、責任もって対処してくださいよ。会社飛びますよ、ちゃんとしないと。訴訟で


岸本「そんな脅しをいってるんですか。ひどいですね。与田さんにお任せします。わたしは風邪をなおすのがせんkつなので。明日もいけるかどうか


与田「何いってるんですか。私も同行してあげますから、明日謝りに行きましょう。早い方がいいですよ


岸本「熱がひどいのでちゃんと休息をとります。あと与田さんにおまかせします。


・・・・・


こんな次第で、本当に事態を把握しているのかどうかわからないが、岸本はほっかむりを決めてフテ寝してしまったようだ。



ブッグブラザーの将来は、限りなく暗い。





クレイマー、クレイマー [Blu-ray]/ジェーン・アレキサンダー,ジャスティン・ヘンリー,ダスティン・ホフマン

¥2,500
Amazon.co.jp

と、まあ、チンケな会社が吹っ飛ぶような事態が起こったわけなのではあるが、かんじんの社長は頭痛とかいいつつ早退してしまっている・・・


与田さんが繰り返し岸本の携帯に留守電を入れているのだが、まったくリアクションがない。なしのつぶてである・・・まるで図ったようなタイミングで岸本は消えてしまった・・・


それでは、と展示会での責任者、亀岡取締役に電話を入れてみたところ、「・・・それはわたしの責任範囲ではない!他社のキャラクターを使うなんて、まったくきいていない!!!!・・・営業部門マターですね、コレは!!!・・・与田さんにお任せします!・・・」といって逃げてしまったらしい・・・マ●オ・コスプレの発案者だったくせに・・・。


かのように、無責任の連鎖のもと、まったく危機が回避される様子はなかったのではあるが、そんなことはおかまいなしに着々とできる範囲で対応策を進めている男がいた。


景山であった。


まずはパンフの問題の箇所をこの世から完全に根絶、廃棄したことを示さねばなるまい、というわけで、景山は比較的手の空いている社員を集め、すべてのパンフから問題の箇所を完璧に切り取ってシュレッダーにかけることを指示した。


さらには、ビッグブラザーのホームページ、岸本の駄文ブログから、著作権的にヤバそうな箇所を洗い出し、削除することをウェブ担当の社員に指示した。


その手際の素早さたるや、本当に見事なものだった・・・

役員たちがほっかむりを決めて逃げ回る中、入社間もない、過去の事情を全く知らない人間がトラブル処理している様子は滑稽極まりなかったが、ビッグブラザーに似つかわしい光景のような気もした・・・


そんな風にあわただしくこの日の午後は過ぎて行った・・・


夕刻を過ぎたあたりで、ようやく本来の当事者であるはずの岸本と連絡が繋がった・・・なんでも奴は布団の中から出られない状態らしい・・・(というかそう自己申告してきた・・・)