アルバム、”アフター・ザ・ゴールドラッシュ”(After The Gold Rush)の裏ジャケットにある、デニムに施した芸術作品です。
最初の妻となった、スーザン・アセヴェドゥ(SUzan Acevedo)の手作りであるパッチワーク(彼女自身の髪の毛も使用)がバック・カヴァー・フォトになった、このジャケット、ご存知ですよね? 思い深いだからか、この自伝でも触れています。 女性はたとえ別れたにしろ、楽曲のための大きなエナジーなんですね。
このデラックス・エディションはいわゆる e-Book 形式ですから、気が向けばまた適当にオーディオファイルや映像を見聞きすることも出来ます。
繰り返しますが、この自伝の特徴は、
- 全部で68章のセクションに分かれていること
- 時系列的なシークェンスで並んでおらず、とても脈絡のない繋がりとなっていること
と言うことで、余り興味の湧かないセクションであれば読み飛ばしてしまっても、他の章との関連もなく独立した内容となっているので、短編のように読めるのはありがたかったです。
でも、キース・リチャーズの自伝の様に、ギターに関する音楽的な奏法やコードについての記述は全くない点が特徴でもあると思います。
例えば、あるセクションでは95年にレコーディングされたエディ・ヴェーダー(Eddie Vader)抜きのパールジャム(Pearl Jam)との”ミラー・ボール(Mirror Ball)”のレコーディングの話題が取り上げてられています。
そして、ニール・ヤングにとっての、ファイヴァリットなバンドの名前が挙げられています。
こんな名前が挙げられています(フムフムと思いますか?どうでしょうか!?)
- パール・ジャム(Pearl Jam)
- マムフォード&サンズ(Mumford & Sons)
- ウィルコ(Wilco)
- マイ・モーニング・ジャケット(My Morning Jacket)
- フーファイターズ(Foo Fighters)
- ギヴァーズ(Givers)
ニールの大嫌いなバンドとは、
"Posing" bands turn me off
の様に、Posing = ポーズを取る、すなわち、見せかけの(気取る)バンドだそうである。当たり前と言えばその通りかもしれない。
次の章では、69年のC,S,N&Yが生まれた経緯やライヴでの出来事が描かれています。結構醒めた見方をしており、完成されたC,S&Nに対する触媒の様な働きを期待されただけで、それがアーメット・アーティガンとスティーブン・スティルス(Ahmet Ertegün & Stephen Stills)の狙いだったと断言しているのには、驚きました。それを裏付けるように、CSNYのツアーの合間に自身のソロ・ライヴを敢行しています。
スティーヴンの構想に挙がったのが、スティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)だったことは驚きです。ブラインド・フェィス(Blind Faith)結成が無ければ、CSN&Wと云うグループ名になっていたかもしれませんが。まあ、スティーヴ・ウィンウッドが同意するとは思えませんが。
ニール自身が、完璧なる奇跡とも呼ぶ、CSNYの最初にして最後のスタジオ・アルバム、『デジャヴ』(Déjà Vu) (March 11, 1970)、のことを回想しています。
このアルバムはリアルタイムでは聴いていませんが、初めて聴いたときの衝撃は凄かったです、全く別次元の世界でした。 静かではあるが激しいエゴのぶつかり合い、4人が個々に抱えていた苦痛や悲しみ、それら全てが奇跡的に美しく、静かに燃え盛る世界を表現しています。
ニール自身は全く参加していないのですが、ある日、スタジオで目にした、"Teach Your Children"のレコーディングでの、彼等CSNのヴォーカルの素晴しさは例えようのないものだと。そして、ゲストとして参加している、今は亡きジェリー・ガルシア(Jerry Garcia)のペダル・スティール・ギター の素晴らしさを語っています。
実際には、スティールではなく普通のスライド・ギター(ラップ・スティール??)を弾いており、コントロール・ルームのモニター・スピーカーの下で演奏していたと回想しています。
■ Teach Your Chidren by CSNY;
今何度か聴き返していますが、スティール・ギターにしか聴こえませんけれど・・・・・!?
そして、スティール・ギターから思い浮かぶのは、ニール・ヤングにとっては切っても切れない相棒とも言える、ベン・キース(Ben "Long Grain"Keith)です。
比喩的な表現として、
『ベン・キースは、自分にとってはクラレンス・クレモンスだ!
クラレンスは、ブルース・スプリングスティーンにとってのベン・キースであるように!!』
Ben Keith was my Clarence Clemons. Clarence was Bruce's Ben Keith.
ブルース・スプリングスティーンの頼もしい相棒であった、アフロ・アメリカンの巨人、サックス・プレイヤーに例えているのです。2010年に73歳で逝ってしまった、ベン・キースですが、ニール曰く、”オールド・マン”(Old Man)でのペダル・スティールこそが、彼の代名詞的なサウンドだと。
ニール曰く、
- Last year, I lost my right-hand man, the pedal steel guitarist, Ben Keith
正に字の如く、”右腕”だったのです。 彼の死をライヴ中に聞いたニールは、”Old Man”を演奏する前に、「この曲をベン・キースのために・・・」とだけ言って静かに演奏を始めたそうです。
他にも名演と呼ばれる楽曲がありますね。
- ”Heart of Gold”
- ”Rockin' in the Free World”
- ”Tonight's the Night”
26年間に亘り、プロデューサーとして支えてくれた、亡きデヴィッド・ブリッグス(David Briggs)についてはこのような記載は全くありませんから、好対照ですね。
■ with Ben Keith in 2007
◇ "Old Man" with the signature Ben Keith sound;
最後は、ニール・ヤングと言えばこのスタイル(ファッション)、これまた代名詞であるチェック・シャツ(Plaid Shirts)ですね。 何ともいえない味わいのある着方です、ポリシーがないようであるみたいです。