ヤフーニュースを見ていて
日本画家、梅原幸雄氏の
『パクリ騒動』が有った事を知りました。
梅原幸雄作「歌舞の菩薩」(第78回春の院展)
國司華子氏「発・表・会」
(出典:「第57回院展全作品集23」)
経緯は色々と有りますが
少し指摘をしておかなくてはならない事も
有ります。
一つは当時の御二人の立場。
騒動の始まりは、
國司氏が春の院展開催中に
梅原氏の作品を見つけ
「私の過去の作品に酷似している」と
理事会に訴え出たことだった。
これに対し梅原氏は
「研究室で一緒だった頃は
先輩として面倒を見ていましたが、
彼女は学部卒業後に研究室を出ましたので
それ以降は会合などで
年に1、2回顔を合わせる程度。
そこまで仲良い関係ではなかった。
ただ私としては
特に嫌われていた印象もありません。
だから彼女がなぜ私に何も確認せず、
いきなり理事長に訴え出て
私を貶めるようなことをしたのか
理解できないのです」
問題はこの一文。
だから彼女がなぜ私に何も確認せず、
いきなり理事長に訴え出て
私を貶めるようなことをしたのか
理解できないのです。
これは立場の上の人間の考え方で
立場の下の彼女からしたら
本人に確認を取った時点で
自分の発言は潰される、と考えるのは
自然で当然な事。
いきなり理事長に訴え出る事には
何の不思議も有りません。
そこは誤解の無いように。
それで
今回の『パクリ騒動』を
どう見るか、ですが
もう既に裁判事案になっていますので
結論は
裁判所の判断に委ねられる所ですが
これは見る側の印象によって
判断の分かれる事案です。
だから外野の視点から。
ポイントは二つ。
モデルの女性が
同じおかっぱだった事。
そして
大きく広がったスカートが
絵のポイントになっている点。
(その形と絵に対する占有率の割合)
特にスカートが
不自然に横に広がってる分
その形状も含め
二つの絵には
近似感が生まれている。
問題点は
22年前、國司氏はこの作品で
「春季展賞」を受賞した。
その時、すでに同人だった梅原氏は
審査員として國司氏の作品を見ていたが、
梅原氏は審査した記憶さえない。
当人の記憶に
残っていようといまいと
何らかのカタチで
見た事が有る、という
現実が有る限り
結果的に似てしまっているという
事実は
否定する事が出来ません。
あとは
國司華子氏の作品の
オリジナリティーを
裁判所がどう評価するかに
掛かっています。
独創的であるかどうか。
そのオリジナリティーを
認められた場合
梅原幸雄氏側の作品の
近似作品認定が
成されてしまう。
それに対して
梅原幸雄氏側は
手持ちの資料を示して
自分のオリジナルである事を証明し
戦う事になるのですが
もう一つの戦い方として
この感じの構図の絵柄を
過去のあらゆる作家の作品から
どれだけ類例を見つけられるかどうか
それを示せるのかに
掛かって来ます。
似たスカート女性の絵画作品を
どれだけ示せるのか
と言う事です。
特長のあるスカートの広がりと
カタチですから。
梅原幸雄氏の処分内容は
理事解任相当と
1年間日本美術院が主催する展覧会への
制作品の出品停止処分が決定
その理由
梅原氏本人は明瞭に否定されているものの、
当院としては、
結果的に他人の作品に類似していると
判断したことを理由とする
日本美術院は
包括的な文言を使って
判断理由としています。
似ているとされた
決定的な判断事由は
賞を取った作品で有る事。
審査に加わっていたと言う事実。
絶対に見ている。
これが決め手でしょう。
この一点を以てして
理事会としては
この結論は止む無し
と言った所でしょうか。
もし否定したら
別の騒動になっていたのかも
知れません。
どうなるかは
裁判所の判断を待ちましょう。
ところで
この一件で
デイリー新潮は
過去のパクリ事件を
掘り起こして来ました。
下田義寛氏の写真パクリ事件です。
下田氏には、37年前「パクリ騒動」を起こして
藝大を追われた過去があるのだ。
1987年、下田氏が少なくとも10年にわたり数十点、
自分の作品に外国の動物写真集や画集の図柄を
無断盗用していた疑惑が持ち上がった。
その中には下田氏の代表作として知られ、
54年の院展で文部大臣賞を受けた
「風舞う」も含まれていた。
下田義寬「風舞う」
54年院展・文部大臣賞
写真家
エリオット・ポーター氏の写真
当時
各社の新聞紙上を
賑わせたので
覚えている方もいるでしょう。
この一件が明るみに出て
公募展の多くの作品が
出品を取り下げる騒ぎに
もなりました。
写真を無断使用した画家が
結構いたって事です。
写真の無断流用は
今も昔も
変わらないって事です。
この問題は
永遠に無くなる事は有りません。
だからこそ
絵描きは苦悩するんです。
アイデア欠乏症になるから(笑)。





