⚠WARNING⚠
血の表現があります、苦手な方はご注意ください。

 21時(呪いの時間)



リイヴ「ひえっ、また電気が消えた……!おーいジールちゃーん!!呪いの緩和なり何なり何とかしてくれー!!」


ジール「電気が消えたくらい何だ!!こっちはPCが壊れたんだぞ!!PCの修理の方が先だ!!」
リイヴ「いやPCなんて後で良いだろ!?それよりオバケ追い払ってくれよ!!」

ジール「後で良いわけあるか!明日が締め切りなんだぞ!!今すぐ修理して続きを書かないと間に合わん!!」
リイヴ「ええぇ……」


リイヴ(こっちとしては、こんな気持ちのままじゃ寝れねえっつーのー!)


ジール「よし、直った……電気が止まってるだと!?度し難っ!!仕方ない、明日の締め切りのためにも儀式で呪いを弱めるぞ!」
ヴェナート『リイヴの為じゃなくて締め切りの為に儀式するってジワジワくるな』




ジール「よし、儀式成功だ。電気も回復した……兄さんもこれなら文句無いだろう」
リイヴ「ジールちゃああああ!!

ヴェナート『……ありそうだな』
ジール「次から次へと……」


ジール「今度は何事だ、兄さん」
リイヴ「ジールちゃん……一生のお願いがある……」
ジール「一生のお願いなんて簡単に使うな、頼みくらい聞いてやる。で、何だ?」


リイヴ「叫びすぎて喉渇いたから水持ってきてくれ、お兄ちゃん歩くのも もうメンドイ」





ジール「はああぁぁ!度し難っ!許し難っ!信じ難っ!!真剣な顔かと思ったら水取ってこいだ!?ふざけるなぁっ!!
ヴェナート『捻れたツタを八つ当たりで蹴り飛ばすのは お前くらいだよ』


リン『お兄さん、今日は超不機嫌だね』
ジール「あ……リンか。丁度良い、進捗を」

リン『大丈夫、わかってるよ……あの霊能探偵のオバさんと話してるの、聞いてたから。私の体を乗っ取った奴のせいで、お兄さんとオジさん、危ないんでしょ……私が乗っ取られたせいでゴメンね……』
ジール「お前は悪くないし、被害者だろ。気に病むことじゃない……それに……兄さんを危険な目に合わせたのは俺だ」


ジール「俺が兄さんを無理に連れ回したりしなければ、兄さんがウハネの印を刻まれることもなかった。これは俺が招いた結果だ」
リン『……お兄さんって、あのオジさんには凄く甘いよね』

ジール「甘いか?さっきもふざけるなって蹴り飛ばしたが」
リン『でも蹴り飛ばした後にちゃんと お水持っていってたよね』
ジール「まあ……うん……」


リン『あのオジさん、だらしないし結構ワガママだし、チクチク言葉もいっぱい使うのに、お兄さんよく我慢できるね。よく一緒にいられるね』
ジール「我慢なんかしてないさ、兄さんは昔からあんな感じだ。それに……一緒にいるんじゃなくて……“いさせてもらってる”んだ」
リン『そうなの?』


ジール「……ああ。俺は昔、おかしくなって あの人を傷つけた。本来なら一緒にいるべきじゃないんだ」



 



 7年前 ヘンフォード・オン・バグレー



ジール「ここがヘンフォードか……本やテレビで観たまんまだ……」
リイヴ「空気も美味いし、やっぱりここにして正解だったなぁ」
ジール「ああ」


野菜屋「おや……初めて見る人だね。観光客かい?」
ジール「はい、家族旅行で来ました」

野菜屋「おお、ヘンフォード・オン・バグレーへようこそ!ゆっくりしていきな!」
ジール「ありがとうございます」


リイヴ「……へへ……家族旅行か」
ジール「な、なんで笑うんだ……兄弟2人では家族旅行と言わないのか?」

リイヴ「いや、家族で旅行に来てるんだから2人だろうが何だろうが家族旅行は家族旅行よ。ただ……こういう旅行って初めてだからよ……なんか頬が緩んじまうんだわ……」
ジール「兄さん……」


ジール「なんか初々しいカップルみたいな反応やめてくれ」
リイヴ「言ってくれるなジールちゃん」

 


リイヴ「さて、ここがオレ達が泊まるレンタル区画だ。元は住宅だったらしいが……住んでる奴がいなくなって、リフォームして観光客用の宿にしたんだってよ」
ジール「…………………」

リイヴ「ジールちゃん、どうした?」
ジール「…………いや、何でもない」


ヴェナート『ジール、どうしたんだ?体……震えてる』
ジール「……ここ……なんか……変な感じする……」

ヴェナート『変?まさか呪われた家なのか?』
ジール「いや、そういう邪気とか霊の気配は一切無いんだ……無いんだけど……息が苦しいというか……体が芯から冷えていく感覚がするというか……とにかく……変なんだ……」

ヴェナート『……泊まるのやめた方が良いんじゃないのか?』
ジール「……大丈夫だよ……何か、悪影響がある訳でもなさそうだし……」


ジール「それに兄さんがあんなに嬉しそうなんだ……また俺が変なことを言って、空気を壊したくない……」
ヴェナート『……あんまり無理はするなよ』


リイヴ「あー、腹減った腹減った。ジールちゃん、メシー」
ジール「はいはい……リクエストは?」

リイヴ「キノコスープ頼むわぁ」
ジール「わかった」


『……………なか、すい……』
ジール「……っ」


『おなか、すいた……たべる……もの……』


『何をしている!!』
『なんて 卑しい子、ウチの子とは大違いね!』
『姉さん達に余程 甘やかされて育ったようだな!根性を叩き直してやる!』
『やだ、叩かないで!!』


『いたい、いたい、いたい、たたかないで、いたいいぃぃ』

ジール「…………たたか、ないで
ヴェナート『ジール、どうしたんだ?』
ジール「…………っ……」

リイヴ「ジールちゃーん?」


リイヴ「おいおい、固まってどうしたんだよ」
ジール「やめっ……叩かないで!!
リイヴ「は……?」


リイヴ「おい、オレがジールちゃんを叩くわけないだろ?何言ってんだ?」
ジール「はっ……は、はぁ……」

リイヴ「ほら……落ち着いて息しな?お兄ちゃんだぞー、焦点を合わせなー」
ジール「にい、さん」
リイヴ「よしよし、落ち着いたか。どうしたんだよジールちゃん」


ジール「今、冷蔵庫に触ったら……フラッシュバックが……誰かが冷蔵庫を漁っていて、それを見られて、叩かれてて……まるで俺自身が誰かになっているかのようにリアルで」
リイヴ「おいおいジールちゃん……霊が視える、声が聞こえるって話の次は幻覚か?勘弁してくれよ」
ジール「幻覚なんかじゃない、本当に脳裏に浮かんで………………」


ジール「……いや、何でもない……白昼夢って奴かもしれない。忘れてくれ」
リイヴ「おう」


兄さんは優しいし、俺のことも可愛がってくれる。
だけど俺の能力については……まったく信じてくれなかった。
気のせいだとか言って まともに取り合ってくれない。

でも……兄さんは他の奴らと違って俺を気味悪がったり、頭がおかしいとか言ってこない。
だから俺は信じてもらえなくても安心して彼と共にいられた。




 2日後の夜



ヴェナート『ジール、まだ寝ないのか?』
ジール「…………寝るのが怖いんだよ」

ヴェナート『また例のフラッシュバックか?』
ジール「ああ……」


この家は何かおかしい。
呪われているわけでもないし、霊が出るわけでもないけれど……何かに触れるたびにしょっちゅう誰かが叩かれているフラッシュバックが起きる。

厄介なことに眠っている時もその叩かれている光景が夢として映し出される。
せっかくの家族旅行だったのに、この妙な現象のせいで気分は最悪だった。


ヴェナート『……でも、睡眠をとらないと倒れてしまう』
ジール「わかってる……もう寝るよ。明日の朝にはもうヘンフォードを出るんだ、今夜を乗り切れば……大丈夫だ」


ジール(……せめて、今日くらいは……あの夢を見なければいいな……)


 




『いたい、いたい、いたい、いたい』

『どうして皆、ボクを叩くの?』

『痛いって泣いてるのに、どうして叩くのをやめてくれないの?』

『助けてって言ってるのに、どうして誰も助けてくれないの?』

『叩かれる為に生まれてきた訳じゃないのに』

『どうして、どうして、どうして』


 




ジール「…………ぅ……どう、して……もう、痛いのは……」
ヴェナート『ジール?おい、大丈夫か!ジール!』


 




『誰も助けてくれないなら、もういい』

『自分の身は自分で守る』

『自分以外は全員敵だ』

『やられる前に……』


 




ジール「……こっちの方から、やってやる……!!」
ヴェナート『ジール……?』


ジール「我慢するのはもう終わりだ、どうせ叩かれるならこっちの方から!!」
ヴェナート『どうしたんだ、ボクの声が聞こえないのか!』




ガシャアアアアン
リイヴ「うおっ、何だ何だ!?」


リイヴ「おーいジールちゃん!?なんかガラスが割れるような音がしたけど何かしたのか?」


ジール「よるな!!
リイヴ「うおっ!?」


リイヴ「ジ……ジールちゃん……?どうしたんだよ、そんなガラスなんか持って……指が切れたら危ないだろ?降ろしなさいっての……」
ジール「うるさい……ボクに近づくな……叩かれるのは嫌だ、痛いのは嫌だ、もう嫌だ……!!」
リイヴ「何を言って」


リイヴ「あっ、ちょ……ジールちゃん!?窓から飛び出るとか行儀ワリーぞ!!てかそんなガラス持ったまま夜の街を徘徊したら、捕まるっての!!」




ジール「はぁ、はぁ、はぁ……」
ヴェナート『ジール、何処に行くつもりだ!どうしてボクの声が聞こえないんだ!』
ジール「みんな、敵だ……みんな敵、みんな敵、みんな敵、みんな叩いてくる」


リイヴ「おいっ、ジールちゃん!!」


リイヴ「ジールちゃん、寝惚けてるのか何なのか知らねえけど大概にしろっての!」
ジール「ひ……」


ジール「ああああぁぁあああ、ボクに近づくなああぁぁぁ!!
ヴェナート『ジール、やめろ!!』

リイヴ「ゔあぁぁあああっ!!

ジール「…………ぁ」


ジール「にい……さん……?」


兄さんの悲鳴が聞こえて、正気に戻った時にはもう……惨事が起きていた。
あの夢によって、まるで誰かの魂が入り込んできたかのように俺は恐怖と憎悪にとり憑かれていた。
一種のトランス状態になっていた。

そして──
こ の 手 で 家 族 を 傷 つ け た。


ジール「あ……あぁ……にいさん、にいさん、ごめんなさ」
リイヴ「触んじゃねえ!!


リイヴ「何のつもりだ?あ?また声が聞こえたか?それとも幻覚か?しょっちゅう悲鳴あげては飛び起きるのは我慢できたが……危害を加えられたんじゃ、こっちだって黙っていられねえよ……ホントにいい加減にしろよ……いつもいつも声がする、声が聴こえるって……お前の意味わからない妄想に付き合わされるのは もうウンザリなんだわ……そんで適当に流してたらコレよ」


リイヴ「……あんまり言いたくなかったけどよ……やっぱり……頭おかしいんじゃねえのか、お前」
ジール「っ」


遂に言われた。
頭がおかしいって。
兄さんにだけは言われたくなかった。
他の奴らに言われても我慢は出来たけど、でも、家族に言われたら──

でも俺に傷つく資格なんてあるのか?
正気でなかったとはいえ、狂気に飲まれて兄さんを傷つけたのは事実だ。
傷つけられた側に俺の事情なんて知る由もない。

こんな事をして、こんな事になって──これを引き起こした俺がおかしくない訳がない。


リイヴ「……ってぇ……傷治るかね……」
ジール「………きゅ、きゅうきゅうしゃ、を」
リイヴ「救急車なんざ呼んだら騒ぎになるだろうが……傷害罪で捕まりてえのか?まあ捕まる方がマシかもな……下手したら精神科に入院コースだろ……傷はオレが魔法で治す……回復は不得手だから……あんま自信ねえけどな……」


リイヴ「ほら、帰んぞ……」
ジール「……………………」





兄さんの傷は、彼自身が魔法で治療した。
でも癒やしの術は不得意だと言っていた通り、彼の顔には傷痕が残り続ける事となってしまった。

あんな事があったのに兄さんは何事も無かったように俺に接してきた。
だけど……俺はもう、今まで通り兄さんと接することは出来なかった。


彼に言われた「頭おかしいんじゃないか」という言葉が何度もリフレインする。
それに……狂気に飲まれて暴走していた自分自身が何よりも怖い。

またいつか暴走してしまうんじゃないか。
その時にまた彼を傷つけてしまうんじゃないか、もしかしたら今度は殺してしまうんじゃないか……そんな心配ばかりが浮かんでくる。


ジール(……俺は……独りでいるべきだ)

おかしくなって人に危害を加えるような奴なんて、誰かと暮らしてはいけない。
それにあの人の顔に一生残る傷をつけてしまった俺は、あの人の“弟”である資格はない。

だから……俺は“リイヴさん”から離れることにしたんだ。


リイヴさんがいない間に荷物を纏めて、コツコツ貯金してきたバイト代だけを持って──家を出ていった。
電話番号もメールアドレスも全部変えて、追ってこられて見つからないように遠いワールドに逃げていった。



 



ジール「もう二度とあの人に会うことはないと思っていたが……今またこうして再会して、一緒に暮らすなんてな……改めてあの人との縁の強さを感じるよ」
リン『……ここまで来ると、逆に運命的だね』


リン『でも、どうしてまた一緒に暮らし始めたの?』
ジール「……あの人は自分を繋ぎ止めるものがないと、すぐに生きることをやめて消えてしまいそうだったから。俺という“弟”がいなくなって、あの人は何もかもどうでも良いとばかりに自棄“やけ”になっていた。だから……もう一度あの人と繋がろうと思ったんだ。あの人に……生きていてほしかったから」
リン『……そっか』


ジール(…………けど……一緒にいても結局 俺はあの人に迷惑ばかりかけている。俺のせいでウハネの印を刻まれて、俺のせいでやりたくもないであろう死神の仕事をやらされて…………俺も早く力をつけて あの人の役に立たないと……)