デル・ソル・バレー


女の子「グスッ、グスッ……」
キルシュ「………………」


キルシュ「ねえ、どうして泣いてるの?」
女の子「ママとはぐれちゃったの……」

キルシュ「どの辺りで はぐれちゃったかわかる?」
女の子「ジムのちかく……セレブがいて、パパラッチのひとにおされて、ママと手がはなれちゃったの……」


キルシュ「そっか……じゃあ一緒に探しに行こうか。ママもジムの近くで君を探してるだろうし」
女の子「うん!」



女の子「あっ、ママ!ママー!!」


母親「ああ、パン!無事で良かったわ……怖かったわよね、ごめんね」


キルシュ「………………」


いいな……優しく抱きしめてくれるママがいて……甘えられる相手がいて……。



母親「よく1人で大丈夫だったわね」
女の子「あのね、おにいちゃんがね、いっしょにさがしてくれたの」

母親「お兄ちゃん?」
女の子「うん、あそこの……あれ……おにいちゃん、いない……」

 


 ブルーム家



キルシュ「……ただいま、戻りました」
ブロッサム「遅い」
キルシュ「ご、ごめんなさい」


ブロッサム「ちょっと買い出しを頼んだだけで この体たらくか。仕事が沢山あるんだから15分で帰ってこいと言ってるだろう!!この無能が!!」
キルシュ「次は、ちゃんと、時間守りますから!!だから、叩かないでっ」

 


キルシュ「ひっ!!


キルシュ「……あ…………ゆ、夢か……はぁ……最悪の夢だ……はぁ……」


クルーク(キル兄、何か嫌な夢を見たのですか?凄い悲鳴でしたよ)
キルシュ「……うん……ちょっと……な……」

クルーク(……?キル兄、声に覇気がありませんよ。もしかして……体調が優れないのでは?)
キルシュ「…………そんなことはないさ」
クルーク(いや、ボクにはわかりますとも!誤魔化さないでください!!)


シュバルツ(エッ、ナニ!?キルシュ、タイチョウ、ワルイノ!?)
キルシュ「うわっ……シュバルツまで……」


シュバルツ(タイチョウ、ワルイナラ、オクスリ、ノンデ!)
キルシュ「いや……今までにも、体験あるから……わかる……治療薬じゃ、治んない、やつ……水飲んで、ゆっくり、寝ないと、熱、引かないやつ……」

シュバルツ(ジャア、イマスグ、ネテ!!ニチヨウビ、ダカラ、ガッコウ、ヤスミダシ、イッパイ、ネレルヨ!)
キルシュ「……わかったよ……じゃあ、今日は、牧場スタッフ、雇うから……」
シュバルツ(ウンウン!)


『はい、牧場スタッフセンターです』
キルシュ「あ、すみません……今から、今日1日、スタッフに、仕事、お願いしたいんですが……」

『かしこまりました、牧場のお名前をどうぞ』
キルシュ「ブルーム牧場です……」

『ブルーム牧場………………すみません、そちらにはスタッフを派遣しかねます』
キルシュ「えっ……?」
シュバルツ(!?


キルシュ「あの、どうしてですか……?」
『……理由は お話出来ません、それでは失礼します』

キルシュ「あっ…………切られた……」

シュバルツ(スタッフ、コナイ? ドウシテ……?)
キルシュ「……わからない……」


……今にして思えば、ここからだった気がする……。
日常が……少しずつおかしくなり始めていたのは……。


キルシュ(スタッフが、雇えないんじゃ、どうすれば……ディラン、とか……困ったことがあったら、いつでも、連絡してこいって、言ってたけど…………)


キルシュ(……いや、やめよ……ディランだって、弟の面倒を見ながら、牧場仕事やってて、大変なんだ……負担かけたくない…………大丈夫……今までだって、熱があっても、やってこれたんだ…………やれる、そうだろ……?)


シュバルツ(キルシュ!? ナンデ、キガエテルノ!?)
キルシュ「いや、牧場の仕事、しないと……」

シュバルツ(ダメ!!ネテ!!
キルシュ「大丈夫だよ……ちょっとくらい……さっと、片付けて……その後、寝るから……」

シュバルツ&クルーク(……………)


キルシュ「……心配性だな!ほら、ちょっと風邪気味なだけで、わりと元気なんだって!仕事終わったら寝るから!大丈夫!」
シュバルツ(……アヤシイ)
クルーク(これが空元気というやつですかね……?どうしましょう……噛みついてでも止めるべきなのでしょうか……?)

シュバルツ(デモ、ボクタチジャ、ボクジョウ シゴト、デキナイ……)
クルーク(むむむ……)



キルシュ(まずは、レーベンに、ごはんあげて……つぎは、ゲルダを、きれいに……それで…………)


キルシュ(あれ、なんか……めのまえ、まっくら……に……)
レーベン「ガウッ!?ガウー!!ガウー!!


ゼーレ(レーベン騒イデル ト思ッタラ、キルシュ倒レテルジャン!!)
クルーク(やっぱり無理が祟ったのですよ!!キル兄、キル兄ー!!)
シュバルツ(ド、ドウシヨウ!?)

カイザ(むっ!皆のもの、あれを見よ!!)
ゼーレ(ナンダ!?)


シュバルツ(アッ、センセイ!)

先生「ふっふっふっ、突然の家庭訪問にブルームも驚くだろうな!ヤツはいつもスカしてるからな……たまにはビックリさせて、子供らしい表情を出させてやる」


先生「って、ブルームうううぅ!?

 


「けほっ、けほっ……」

頭が割れるように痛い……寒気がする……フワフワして、地に足がついてる感じがしない……。


でも、こんなことで、休んでられない……お父さんだってこの間、熱が出てるくらいで甘ったれるなって言ってた……また叩かれたくない……。
頑張らないと……。


……頑張ったのに、なんでまた、みんな怒ってるの……?
ごめんなさい、許して、もっと頑張るから、頑張りますから……だから……僕のことも、家族にしてよ……。

 


キルシュ「…………ぐす……がんばるから……もっと、がんばるから……ひっく……」
先生「…………………」


先生「ブルーム!ブルーム、ほら!起きなさい!!」
キルシュ「ぅ……」


先生「おはよう」
キルシュ「…………どうも……なんで、先生がいるんですか」

先生「たまたま通りがかってな」
キルシュ「どういう通りがかりかただよ」


先生「ロォーンロードとヴィクトリーが引っ越しただろう? 2人が新居でちゃんとやれているか心配で家庭訪問をしていたのだ!それで、せっかくチェスナット・リッジまで来たのだし、ここで暮らしている生徒達の様子を見に行こうと思い立ってな!それで最後にお前の家に来たら、お前が倒れていたものだから肝が冷えたぞ!」
キルシュ「……それで、ベッドまで運んでくれたんですか」

先生「うむ!」
キルシュ「……それは、ありがとうございます」


キルシュ「見ての通り、ウチは問題ありませんよ……牧場仕事あるから おもてなし出来ませんし、お帰りになった方が宜しいかと」
先生「いや倒れていたのだから大問題だろう!?それにお前、すごい熱じゃないか!服越しでも熱かったぞ!?仕事している場合か、寝ろ!!」

キルシュ「こっちからしたら寝てる場合じゃないんですよ……こんなの大した熱じゃないし、頑張らないと……」
先生「大した熱だから倒れたのだろうが!!」


先生「お前が無理せずとも、牧場スタッフを雇えば良いだろう?」
キルシュ「……頼もうとしましたよ。でも、お前の牧場には派遣できないって断られたんです」

先生「何故だ!?」
キルシュ「そんなの、こっちが知りたいですよ……」


先生「他に仕事を頼める相手はいないのか?カルナックやシングあたりは、お前が頼めば快く引き受けてくれるだろう」
キルシュ「……あいつらにはあいつらの生活や仕事があります……迷惑、かけたくないんです……」

先生「迷惑……奴らがそんな風に感じるとは思わんが……」
キルシュ「…………俺が、イヤなんです……誰かの負担になるのが……」
先生「ふむぅ……」


先生「……仕方ないな、ブルーム!今日は特別だぞ!!」
キルシュ「は?」

先生「この私が代わりにお前の仕事をこなしてやる!だからお前はゆっくり休みなさい!!ふふん、ありがとう先生!大好き先生!尊敬します先生!と褒めてくれても良いんだぞ!?」
キルシュ「……結構です……」
先生「遠慮するんじゃない!!


キルシュ「だって、牧場の仕事とかやったことないでしょ……?いいですよ……」
先生「ふん、シムはやれば出来る生き物なのだ!とにかく、お前はずっとベッドにいなさい!わかったな!!」


クルーク(そうですよキル兄、寝てください!先生がやってくれると言っているのですから!)
ゼーレ(キルシュ ガ、ベッド カラ抜ケ出サナイヨウニ見張ッテルカラナ!)

キルシュ「クルークとゼーレまで……わかったよ……」


クルーク&ゼーレ(ジー
キルシュ(……すごい見張られてる……)


キルシュ(はぁ……体調悪い時って、メンタルクソ雑魚になるし……嫌な夢ばっか見るし…………早めに治すか……)

 


先生「さて、この私が教師として頼もしい一面を見せてやろうではないか!!」


先生「まずはカウプラントにエサやりか!まさか本物のカウプラントを見れるとはな!思わぬ幸運だ!!」
レーベン「ガウ?」


先生「ほう、これが噂のサイエンス・ラマか!愉快な毛色だな!是非モフらせて……」
カイザ(うっ……)


カイザ(奴隷以外が神に気安く触れるでない!!私の美しきウールが汚れるわ!!)
先生「ぎゃああああ!目が!目がああぁ!!」


ゲルダ(ちょっとカイザ!先生は坊っちゃんの為に仕事してるんだから、そんなことするんじゃないワヨ!)
カイザ(うぐぐぐ……奴隷の為に神が我慢せねばならぬ屈辱!しかし、これも奴隷の回復に必要なことか……致し方あるまい!)
先生(ううむ、次から次へと動物が出てくるな……)


先生「この牛ならば大人しそうだな……是非ハグを」
ゲルダ(お断りヨ!ミー、プライベートでは坊っちゃん以外からのハグは受け付けないノ!ミーとハグしたいならアニマルデーに来ることネ!)
先生「なにやら物凄く拒絶された気がするぞ!」


先生「よし、ニワトリならば大丈夫じゃないか?」
アイ「コケーーーー!!
先生「ブルームはいつでも動物と仲良しなのに!何故だっ!」

ゲルダ(みんなもともと気難しいからネェ……動物の気持ちがわかる坊っちゃんだからこそヨネ)


先生(……しかしブルーム……こんなに沢山の動物を、毎日1人で世話しているのか……)


先生(しかも動物小屋の掃除は吐き気を催すレベルだ……アイツ、嫌な顔1つせずにいつもこんな事を……)



先生「次は畑仕事とハチミツ集めか!ブルーム牧場のハチは穏やかだと聞くし、これなら刺されないだろう!」


先生「よしよし、ハチミツ回収だ!ハチミツは栄養豊富と聞くし、あとでブルームに飲ませてやろう!」



先生「さて、昼飯時だ!食欲はなさそうだが何かを口にしなくてはならんからな!消化の良いものでも作ってやろうじゃないか!」


先生「ブルーム、気分はどうだ!フルーツサラダを作ったんだが食べられそうか?」
キルシュ「……はい……」


先生「ふむ、少し顔色は良くなったな。それを食べたらちゃんとパジャマに着替えてゆっくり休むんだぞ」
キルシュ「……わかりました…………仕事、終わったんですよね?ありがとうございました、もう後は良いですから……帰って大丈夫ですよ……」

先生「いや看病するから帰らないが!?」
キルシュ「看病……?いや、そこまでしてもらわなくても……」


シュバルツ(ソコマデ シテモラッテ!!
キルシュ「ひえ……シュバルツ……」

シュバルツ(キルシュ、イツモ、ガンバッテル、キョウ クライ、ヤスンデ)
キルシュ「……俺は頑張ってない……まだ足りない……もっと頑張らないと、ダメで……」

シュバルツ「ブルルル!!
キルシュ「…………わかったよ……寝るよ……」
先生(な、何を言われてるんだろうか……)


先生「はー、まったく。休ませるのも一苦労だな!まあ、これでアイツも頑張りすぎは良くないとわかっただろう。うむうむ」


キルシュ「………………」

 


ブロッサム「キルシュ……何故いつまでも寝てるんだ?」
キルシュ「だって、ゲホッ……体が、動かないん、だ……ゲホゲホ……」

ブロッサム「細かい芸を使って病人アピールをするんじゃない。さっさと起きて家のことをしろ、これ以上私達を苛つかせるんじゃない」
キルシュ「でも……」

ブロッサム「でももクソもあるか。ちょっと熱があるくらいで倒れるなんて……貧弱な。頑張ればそのくらいの熱に抵抗できるだろう、早く起きろ!!
キルシュ「やめて、おとうさ……ゲホッ!ゴホッゴホッ……」

ブロッサム「唾を撒き散らすな、汚いガキだな!!
キルシュ「ごめんなざっ……ゲホッ、ゲホッ」

ブロッサム「耳障りな咳だな……喉が痛くて咳が出るのか?だったら喉を潰して出ないようにしてやろうか?ん?」
キルシュ「ぐっ……くる、し…………やめ……や、だ…………」

 


先生「ブルーム!?ブルーム、大丈夫か!!おい、落ち着いてゆっくり息をしろ!!今、背中を擦ってやるから……」
キルシュ「!!」


キルシュ「触るな!!
先生「お、おい!?熱があるのに、そんな激しく動くな!」


シュバルツ(キルシュ、センセイ、ドウシタノ!?)
先生「落ち着きなさいブルーム、夢の内容を引きずってるんじゃないか!?」
キルシュ「……」


キルシュ「ごめ、なさ…………がんばるから、もっとがんばるから、もうくるしいとかいわない、よわねなんてはかない、いうことだってぜんぶきく、だからもういたいのはやめてください、ゆるしっ……ゲホッ……ゆるして、ください」
先生「お前……今までどんな仕打ちを受けてきたんだ……」


先生「ブルーム!!
キルシュ「ひっ……」

先生「ここにいるのはお前の親じゃない、学校の先生だ!ほら、落ち着いて息をしなさい!」
キルシュ「せんっ、せい……」

先生「そう、先生だ!モヒカンが魅力的なウィルソン先生だぞ!」
キルシュ「……せいきまつな、かみがた、した、せんせい……」
先生「世紀末…………ま、まぁ、軽口を叩く余裕があるなら良い!その調子でゆっくり息をしなさい」



大人から愛情あるハグをされて、頭を撫でられたのは……生まれて初めてだった……。
こんなに暖かくて、安心できるものだったんだ……ハグって……。

 


 翌日


先生「ふむ、すっかり顔色も良くなったし熱も引いたな!」
キルシュ「……お陰様で」

先生「もう大丈夫そうだな!だが、今日もう1日は安静にするんだぞ!学校も休むように!」
キルシュ「はいはい……」
先生「“はい”は1回だ!!


先生「また何かあったり、寂しくなったりしたら先生を呼びなさい!!ハグくらいいつでもしてやるからな!!ハハハ!」
キルシュ「あー……ハグ、いいです……ヒゲ当たって痛いし……なんか体臭キツイし……」

先生「聞こえてるぞブルーム!!元気になった途端にこれか、この恩知らずめ!!やはり貴様は問題児だ問題児!!」
キルシュ「問題児で結構です……」



先生「ふぅ、まったく。憎まれ口ばかりで可愛げのない生徒だ!まあ元気になって何よりだ!!」


先生「……だが……」


先生「……あの子をあそこまで苦しませている家族、か……どんなものか、一度直接会ってみたいものだな……」



キルシュ(……前は、大丈夫だったのに……こんな熱があったって、頑張れたのに……弱くなっちゃったな……こんなんじゃ……駄目だ……)


※明日の更新はお休みです。