暴力は振るわれなかったが、父からは精神的虐待を受けてきた。その影響で気弱で寡黙な少年となり、学校では先生の質問に手を上げたり、皆の前で発表が出来なかった。


夢が叶い県外に転勤できたが、友達は居なくなり、慣れない住環境、責任を伴う仕事、厳しい上司との出会いが重なって心に負担を強いられた。


仕事仲間に相談して企業病院に行ってみた(画像の病院は関係ありません)。

休養が必要で2週間程度の休職を勧められ、会社に出す診断書は、やはり神経症となっていた。同じグループなので忖度があったのでしょう。今では考えられない。

復帰後も症状は収まらず服薬も続けていた。社内のメンタルケアカウンセラーから、自律訓練法を教わり、脈拍計付き時計を購入して自己管理です。

地元に戻るっても服薬は続け症状にも変化はなかった。病から完全に解放されたきっかけは、昇進試験合格後に管理職コースではなく専門職コースを選んだからだ。

昇給の幅は減るが自由を得て、興味のある会社へ転職するチャンスも増えた。

元の会社に留まっていれば収入面では安泰だが、心を蝕まて自死至ったかもしれない。転職では苦労もあったが健康である事は、選択が正しいと言える。