スピーカから出る音は乾いていた。
ラジオのようにあたたかみのある音が部屋にこだました。
こだましました。
その日は遅くまで残業をした。
携帯を事務所へ置いてきてしまった。
それだけで物凄い焦燥感に駆られた。
電車に乗る僕は外界との通信を絶たれ、そのまま違う世界へ。
遮断された内側の世界へ。
もっと言えば深層心理の奥底へ閉じ込められてしまうような感じがした。
それは僕にとって心地の悪いことだった。
この電車はきっと宇宙の果ての心のどん底まで行くんだと思った。
それと同時に何か拘束から解き放たれたようなとてつもない高揚感を得た。
金曜の夜、いつもなら焼肉屋に行く。
行きつけの焼肉屋は駅近くに4つある。
携帯を忘れていなかったら、おそらく、カウンター席のあるあの店に行ったことだろう。
そして、いつもどおり瓶ビールを注文し、渇いた心に注いでいくのだ。
SNSをやりながら。
携帯電話で時間を確認し、頃合いのいい頃に家に帰るだろう。
そしていつもどおり即座に冷凍庫へ350mlの缶ビールとグラスを放り込む。
風呂上がりにそれをゆっくり飲むことだろう。
冷えた心を温めるように。
YouTubeを見ながら。
どん底へ下る電車の中でそんなノスタルジーを想った。
オフラインとなった僕はきっと何かに接続を求めていた。
早く家に帰りたい。
そこに行けば完全に遮断できると思ったからである。
完全にシャットオフしたい。
オフラインによって繋がる世界を見つけたい。
コンビニエンスストアで500mlのスーパードライを買った。
家には350mlのエールビールを大量にストックしているけれど
今夜は日本のラガービールが飲みたいと思った。
普段どおり蒙古タンメン中卒も買った。
いつもよりお腹が空いていたので、ポテトサラダも買った。
それを食パンに塗って食べたいと想った。
僕は部屋の鍵を確実に閉めた。
シャットオフされた密室。
僕だけの秘密の部屋。
僕の精神が密集した空間。
アップルミュージックが使えないので、手持ちの曲を。
especiaのAMARGAというアルバム。
especiaは時々ものすごいブームが来る。
ちょうど1週間ほど前に来たそれに僕はちょうど乗っていた。
それは終わりのないビッグウェーブのようで、それでいて静かな凪のようでもあった。
それは諸行無常の世界感とは対極にあるものだ。
オンラインの世界は湿っている。
僕らはデバイスと一体化し液状化する。
情報をインプットしアウトプットしドロドロに溶かしていく。
僕はその世界において、流動性に快楽を得て、無常観を身につけた。
全てのものは変化し続ける。
永遠などない。
人はいつか死ぬ。
永遠。
ずっと変わらないこと。
僕はそれを渇望していたように思える。
音楽を流す。
スピーカから出る音は乾いていた。
乾燥したビッグウェーブが押し寄せ僕をさらっていった。
スーパードライを乾いた心に注いだ。
中卒をすすりポテトサラダを頬張る。
辛さが中和されとても良い。
スピーカーから出る音は不思議なくらい乾いていた。
ラジオのようにあたたかみのある音が部屋にこだました。
こだましました。
