「終活」という言葉を最近よく聞くようになってきた。


TVやマスコミなどへ


このワードの露出が多くなったという意味である。



お悔やみ業界では、以前から


「人生のエンディングを考えるセミナー」とか


「エンディングノート」とか


「死んだらどうなる。いや、どうしたいという」のが


生前のお客様との接点を探るキーワードとして


取り上げられるのが現状であった。


業界として作り込んだ、切り口に過ぎないと思っていたのだが


今の流れは、確実に違う感じがする。




『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』



「老後をどうするから」という問題から


時間は流れ



「死んだらどうする」

「どんな死に方をしたい」

「何を残したい」

「何を伝えたい」



この時間軸まで流れている。



市場は


「終 活」です。



『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』


昨日、Kさんの納骨がありました。


私が、D会に入った時の地区長で


お世話になった先輩でもあります。



53歳の早すぎる死


結構物事を


「そこから見るか~」と思わせる意見を貰ったり


迷った時に以前はよく伺っていた事を思い出しました。




ココ1,2年はは年末にお会いするだけになっていたのですが


どっかに居てくれて


なんとなく甘えられる?


そんな、存在の先輩だったような気がします。




今日は納骨にうかがいました。



『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

たくさん方が来られ


納骨式、無事終わりました。


御当家にかわり、私が甕を納めさせていただき


良い供養が出来ました。



ありがとうございます。




『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

「稲刈り」が、今年は早いんですって。


先々週と先週の連休に刈ってるところ


よく出くわしました。



ほとんど機械で刈り取りですが


その日は、家族で、地域のみんなで、


ワイワイやってる光景


なんか良いですよね。




そんなことを感じながら



営業に歩いています。








昨日、先日建てたお墓の納骨式に立ち会いました。


初めてのお寺さんだったのですが



納骨式が済んで


説法を始められました。


福山では、墓地でお寺さんが


説法される事は少ないのですが




お墓のお花の祭り方をお話下さいました。



「花を手向ける時、お墓の場合正面を向けて手向けますが」


こちらから見て表に見えるようにということです。


『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

*こんな感じに・・・。




「これはおかしいと皆さんは思いませんか?」


「お墓に仏さん(故人さん)がおられて、お参りされているのなら」


「お墓に向けて、お花が正面に来るように手向けるのが本来の形でしょう」


お寺さんいわく、こちらから見ると、お花の背が見えるようにお祀りするのが本来の姿であるという事なのです。



確かに、お仏壇などに膳を手向けるは、仏様に食べていただくものなので


仏壇に対してお膳が正面に来るようにします。




ここでお寺さん


「ではどうして、お花を裏返しにしないかといいますと」



「これは、お礼のお祀り方なんですよ」



「お参りしてくれたあなた方への感謝をあらわしているんですよ」


「仏さまが、ご先祖様が、故人さんが、お参りしてくれとありがとう」


「そんな気持ちである事をあらわしてるんですよ・・・。」



久々に良い話を聞いたな。


「お礼のお祀りの仕方」




このお寺さんは最後に


わざわざこちらに出向いて来てくださり


「石屋さんもありがとうね」

「またお寺に遊びにいらっしゃい」


こんな一言までおっしゃっていただいた。




十五年以上納骨の立会いをさせていただいていますが


こんな事を言われたのは初めてで、


帰りの道中はうれしくて、


久々に温かい気持ちにさせられた。


昨日は良い供養が出来たと実感した納骨式でしたし、


良い仕事が出来たと実感する1日だった気がします。



『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

*Wさん(御当家)、よきご縁ありがとうございました。



良いお寺にお会いできた。


率直な感想です・・・。



先日納骨にて


お寺さんに


ボソリといわれた言葉


「最近は何でも業者さんがやってしうけ~」




当社は納骨のお手伝いとして


現場に行って


納骨式に立会いをするのだが


こんなふうにお墓を置けて


当家さんお待ちしているのだが


『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

(墓地で大体2時間くらいは待つかな)



今までは、当家さんお手伝いになればと思い


サービスでやっていたのだが・・・。





お寺さんが、おっしゃった


「最近は何でも業者さんがやってしうけ~」


の裏に隠されているものに



「当家がしなくては


供養にならんよ」



こんな思いがあって発せられた言葉だった感じがした。




サービスのおせっかいだったのかな~。


ふと感じた先日の納骨でした。



本質とは?




先日のRのWさんのFBにも


こんな事書いたなったな。


居酒屋の会計レジで渡される


ミニおにぎりの話。


これ、ようににてるかも。