昨日、次男を連れて


お墓のクリーニングに行ってきました。


通常は1人現場の感じなんですが、


色入れたり、塔婆立てたり、他の作業もあったのと


別現場もあったので・・・。



遠征から帰った翌日なんですが


お小遣いがいるらしく・・・?。


「行くか?」に


「いいよ」と快い返事が返ってきました。






イザ現場で、簡単な作業指示と


見本を見せて、作業をやらせていたんですが


自分の子供と言うのを差っぴいても


丁寧に作業をしている姿をみて


結構使えるかもと思った、お父さんでした。



『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』
*施工前



『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

*施工後、写ってる足が次男です。




今日はこれから


尾道に現場測量に行ってきます。



今日は、三男(7歳)がお供です。



こちらは昼のラーメンで釣ってやりました(^▽^)



こちらは、よく連れて行くので


内容を理解しているので


箱ジャクもたせたら


七歳にしてはしっかり動きます。



結構、頼もしい。






3月17日が春の彼岸の入りである。


仏教では


この世が此岸


あの世が彼岸


である。




あの世にいるご先祖様に


思いを寄せる。


このことを仏教では、供養と呼ぶのだが


お彼岸はそんな期間である。




昔ほどではないが、


この彼岸までに、お墓をとか・・・」


「このお彼岸までに、綺麗にとか・・・」


というお客様が多く、



お墓屋さんも忙しい時期である。


当社もばたばたと、しておりましたが、


彼岸前のお仕事は、昨日で一段落しました。




今日は事務所仕事をして


打合せに2軒ほど出て


昼からは北木島の工場へ行ってきます。




先週の開眼したお客様の写真。


ところ変われば


お寺さんの作法も違うもんだを実感しました。




『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』



それとうちの25年選手


まだ現役です。


『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』


色んなところで


早く、新人入れなくては・・・。


「時間の整合性がまったく取れていないと感じる」


かの石材です。








あっという間に過ぎる1週間


携帯カメラの中を見てみると


長男のアパート見に行ったっけ


『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

外観はこんな感じ


『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』


中はこんな感じ
『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』


12月に仮契約してあったのですが、


中を見るのは初めて


「綺麗ジャン」


長男と話しました。


意外と家賃も安く、28000円。


学生が多い街なんでしょうか・・・。



自分が学生の時は


多分4万近かったような気がするな。


はっきりは覚えてないのですが。



行きかえりの道中


長男と


自分が学生の時は


どうだったこうだったの話をしながら


2人きりで行ってまいりました。




長男と二人きりでみんな何を話しているんだろ~




お仕事の写真は


先週法事を迎えた現場の写真。



『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』


仮納骨の為の


穴掘りの写真。



この地域の風習なのか


御当家のお寺のしきたりなのか


お寺さんが来られない


後日の納骨式でした。


「ところ変われば・・・。」です。




供養のやり方に


思いの伝え方に


いくつになっても勉強です。



「拝んでもらって初めてお墓になる


拝まないお墓は、只の石。」


おじいちゃんから教わったけど




「御当家が一生懸命拝む姿は


お寺の住職が拝む事と同じであるいう」


解釈何だろうな~。



やはり奥が深いな、供養というのは。








『商売人は、良心的にせなあかんぞ・・・』

親戚のお葬式の帰り道


母親と話ていて、


ぽっつっと「後何年生きられるのかね?」


なんて話がでた。



ホント突然に。


今、我が家は別々に暮らしている。


同じ市内で車で15分のところであるが



確かに今の実家の状態(両親が住んでる家)だと


階段も急だし、生活空間(トイレ・お風呂・台所)も不自由だし


もうそろちゃんと考えないといけない時期に来ているのを感じた。



親の老後の不安を少しでも解消してあげる事


形にしてあげる事。


今すぐは親が嫁さんが同居をどう考えているか別として


同居の準備をそろそろ考えなくてはと


感じた母の一言でした。

今までにお客様になっていただいた方で


神社の門前でお店をされているお客様がいます。


初詣の参拝の方がたくさん通る参道なので


露天が結構並んでます。



年明けて、年末にお願いされていた香炉を納品に行った時の話なんですが、


お店に、お客様が


「ココは安いな」って入ってこられたんですよ。


このお店、ジュースを店頭で売っていたのですが


タバコのついで買いのお客さんだったんですね。



お客「今日ぐらい200円でジュース売ったらいいのに」


おばあさん「みんながみんな120円のジュースを200円売ったら納得しないでしょう」


おばあさん「ずっとここで商売せなあかんからな~」




おばあさん「うちはずっといつでも120円で売るよ」




そんなお客さんとの会話に


そのおばあさんの心意気というか、


商売に対して思いというか理念を感じました。


経営理念をお店に掲げているんではないですが


このお店の理念でしょうね。


キラキラしたものを感じました。




そういえば、、これと反対の事が


正月にあったなと・・・。




1月1日に行った映画館。


中に入ると


150円のペットボトルが


250円で売ってたっけ。



山小屋で飲むジュースではないのだから


山奥に運ぶのに人件費がすごくかかって


そこで買うジュースが、巷のジュースの価格と違って理解が出来る。


ジュースに運賃コストが乗っていても、それが付加価値だと思える。


僕が一般人(お客様)としても、納得の範囲かなと感じるのであるが。




でもただ、独占されている場所だから。お正月だから。


理由で、通常150円のものが250円なら


「なんか高いものを買わされた感」が


どうしても残るのは僕だけでしょうか?




商売をしているもの常識ででは


わかるような気もするが・・・。



①高く売れるなら高く売る。どうしても飲みたい人は、買うんだから的な。


②もしくは、独占する場所に入るのに、お金が発生している事情があるのかもしれないが



納得のいく付加価値ならしょうがないなと思いつつ。


映画館のジュースは売る側の勝手な理論のようなきがた。




商売は普通、


付加価値=利益になっている。


しかし、


こちら側(売る側)の勝手理論いっぱいの価値=利益


お客様を逃している利益の出し方かななんて感じた



おばあちゃんとお客様のやり取りで商売の原点を感じた。







おばあさん「120円のジュースを200円で売ってはつまらん」