"戦闘ゲームに成長要素は必要無い"
これはどこかのレビュアーさんが言っていた事を自分なりに解釈した考えなのですが、あまり書く個ことも無い昨今なので記事にしました。
以下長文になりますので、「赤字」と「太字」だけでも読んでいただければ、私の想いは伝わるはずだと思います。


まず…クラシックな「ゲーム」と言われて何を思いますか?

最もクラシックな物として、将棋にチェス、オセロなんかのボードゲームがあります。サッカーや野球のスポーツもゲームですね。


ゲームとは何か?それは言い換えれば「戦う」という事です。
戦う為には相手が必要です。
どんなゲームであれ、全てのゲームに必ず相手がいます。
それは時に友人、見ず知らずの他人、そして自分です。

そして、ただ「戦う」だけではなく、全てのゲームにはルールがあり、そのルールの中で戦うのがゲームです。
例を上げますと「サッカーで手を使えるのはキーパーだけ」このルールをやぶってしまえば、それはもうサッカーではなく、
ただの力任せの、野蛮な戦いです。ゲームとは言えません。


その戦いに参加する全ての者が同じルールの下で戦って、初めて「ゲーム」といえます。


更に言うと、「同じルールの下で戦って、そして勝つ為
更に言うと「同じルールの下で戦って、勝って、自分の強さを証明する為

その証明をする為に我々は「ゲーム」をします。

「反則がいけない」というのは、ルールを逸脱した行為を行なうと、相手より有利になってしまい、
対等な条件下で戦うゲームの根本を覆す行為です。誰かが反則をしてしまえば、もうゲームとは言えなくなってしまいます。

ここまでが前提。

さて、近年の対戦ゲームには「成長要素」という物があります。
これは、より多くゲームをプレイした事への褒美です。褒美によってプレイを促進させる効果が有ります。
しかし、残念な事にこの「成長要素」は、「同じ条件下で戦う」というゲームの根本と相反しています。
自分より多くプレイしてるプレイヤーは、自分より体力も攻撃力も高く勝てない…
これはゲームとは言えません。

では、将棋を100時間やった人と、全くやって居ない人で、駒の攻撃力が違いますか?
レベルが高い人がサッカーで手を使える様になりますか?
答えは否。
そんな事はありません。
将棋はたくさんプレイした人が、その経験によって駒の動かし方を学び、強くなっていきます。
サッカーは体を鍛えれば他人より早く走れたり、より遠くへボールを蹴れる様になりますが、手を使える様になったりはしません。
仲間との連携の仕方、自分の立ち回りを経験によって学習することで「上手いプレイヤー」になるのではないでしょうか。

そう。ゲームをより多くプレイした人が、初心者より体力が多くなったりしてはいけないのです。
それはルールをやぶる=反則と違いがありません。
「初心者もたくさんプレイしてレベルを上げればいい」というのは屁理屈です。

ベテランは初心者と同じ条件で戦って勝てるからこそのベテランであり、
勝つためのノウハウ(戦略・操作方法・戦場)を知っている=同じ条件下で如何に有利になるかを知っているから強いのです。

初めから相手より有利な状況で戦っても、それはもはやゲームではないので、勝っても意味がありません。


勝っても意味が無い=ゲームをする本来の目的

「同じ条件下で戦って、そして勝ち、自分の強さを証明する」と矛盾しています!!

では何のためにゲームをしているのでしょう?わからなくなってきます…

これは、とても嘆かわしい事です。

つまり、最近の成長要素がある戦闘ゲームで勝っても、それは意味が無い事であり、意味が無いのでゲームをプレイする価値が有りません。
勝っても自分が強い証明にならないんですから。

かと言って全く同じ条件で戦う戦闘ゲームというのも「つまらない」のですが…orz 終わり。