多くの人は言葉を学んでいる。なのでまるで言葉を話すこともできると勘違いする。しかしほとんどの人は言葉を話すことができない。なぜなら使ったことがない言葉が多いからだ。常識を打ち破るとき、新たな言葉の表現が必要になる。しかしそれは誰かが言葉を作り上げなければならないのだ。しかし一度言葉を作り上げれば、それを多用する方も増えてくる。するとその言葉が新しい潮流を生む。
例えば、遅刻をする人に人の時間を奪っている、だから人のことを考えない人間だと怒る人がいる。それは正しい意見だ。そしてそれに対して言葉を知らない人使えない人は口ごもってしまうはずだ。そうすればそのように言った人は自分が正しいと勘違いしてしまう。
逆に言えば、遅刻に側に立つ人からすれば遅刻を怒る人間は相手の心配よりも自分の時間の方が大切だと考えている他人のことを考えない自分勝手な人間だと怒る場合もあるだろう。しかし言葉を表現できない人はその言葉を誰かしらが表現しないと使うことができない。ネット社会ではこの新しい言葉を表現する人がいろいろな立場視点から出てくるので新たな言葉を得て応戦することができる。
今までの常識では遅刻をする人間は悪であったが、ネット社会になり色々な考え方を表現する時代にいたり新たな言葉を新たな表現を生み出す人が多数出てきたことにより、勧善懲悪の社会はなくなりつつある。
時刻をする人間が悪なのか、遅刻を責める人間が悪なのかその違いはわからなくなりつつある。それは言葉を生み出すことにより多くの人がその言葉を拠り所にし新しい潮流を作っていくことになるからだ。
周りの一方的意見から自分を暗に悪だと思わない方がいい。それはただ単に応戦する言葉を知らないだけかもしれない。