お金があれば幸福
なければ不幸
恋人がいれば幸福
いなければ不幸
結婚していれば幸福
していなければ不幸
子供がいれば幸福
いなければ不幸
健康なら幸福
健康でなければ不幸
さて幸不幸とはどのように発生するのか...
とかく ある ときを幸福と考える傾向が強いようですね。
まぁそのように思考の癖を植えつけられてしまっているので仕方ないですが...
実は幸不幸とは ある、なし で測れるものではないのです。
まぁみんなうすうす感じていたとは思いますがね。
幸不幸は比較しているかいないかの違いでしかないのです。
幸不幸とは...
比較していないときは幸福
比較しているときは不幸
なのです。
面白いです。
いわば ない ときのほうが幸福なのですよ。
比較はその時点で相手と自分との上下を決めてしまう行為なのです。
じゃぁ上に行けば幸福じゃないか!?
と思われる方もいるでしょう。
残念ながら違います。
上と判断したときに感じるのは幸福ではなく優越感なのです。
優越感は一瞬幸福と見間違えますが
大変残念なことにそれは幸福とは違うのです。
なぜなら優越感は一人では得られないからです。
そう、そこに敗者と呼ばれる人の存在があって始めて優越感を感じることができるわけです。
依存ということになります。
優越感を得たい人は常に敗者を捜すことになります。
自分より低い人がいてはじめて優越感を得られるので低い人低い人と探していきます。
低い人を探すために実は自分が相対レベルとして落ちて行っているのも気づかないままに
どんどん低い(と自分が感じている考えている)人を探すことになるわけです。
では幸福とはなにか
それは他人との比較を一切なくし、自分個としてたったときに感じる感情なのです。
たとえば花が綺麗と感じるとき
春のうららかな日差しの中にいる心地よさを感じたとき
秋のちょっとした物悲しさにひきつけられたときに
冬のしんしんとふる雪の静けさに心を落ち着かせたときに
家族の遠くに聞こえる笑い声に
あらわれるのが幸福というものなのです
それは誰かと比較するものではありませんよね。
実はこれ不安心理にも似ています。
私は以前不安とは自分がイニシアチブをとっていないときに感じるものと伝えました。
比較は自分でイニシアチブをとれないんですよね。
すると不安しか沸かなくなる。
比較級で劣等感を感じたとき
その後の自分の行動は制約されてしまう感じ しませんか??
たとえば友人の結婚を知った瞬間に比較級判断をしてしまい自分に劣等感を感じる女性多いと思います。
すると結婚できない自分、恋人がいない自分というものに思いをめぐらせてしまう感じわかりますか?
本来なら海外旅行をする計画を練っていて頭がワクワクしていたにもかかわらず...
面白そうな映画が発表されてそれを見に行きたいと思ってそわそわしていたにもかかわらず...
比較をしてしまった瞬間、そのワクワクやソワソワが一気に吹っ飛んでしまい
結婚すらできない私がなんでこんなことしてていいのか??
なんて思いに駆られたりします...
これはまさに行動の制約が起きてしまった状態です。
行動の制約が起きてしまう瞬間とは
簡単に言えば不安心理と直結するのです。
そう自分の行動を自分で決めることができない状況に陥るわけです。
その状態がいわゆる不幸というわけです。
不安と不幸の違いは何かですが
不安というのは制約された環境があります。それが不安を引き起こすわけですが
では不幸とはなにか
それは制約された環境ではないのに自分の心が自分を制約してしまう瞬間に起きます。
自分の心が自分を制約した状態で自分を幸福だと刷り込むために必要なのは
自分より不幸な人がいるという錯覚を植えつけることになるわけです。
それが不幸のはじまりになります。
動物園の動物
衣食住全て満足できる状況下にあるのに
逃げ出そうとしますよね。
なぜか??
人間というのはというよりも全ての生物というのはそこに自分の行動を自分で決めるという本能があるわけです。
それを阻害された瞬間に不幸を感じてしまう。または不安を感じてしまうわけです。
自分の行動の結果を自分で得る
それが成功であっても失敗であっても
それこそが幸福の路なのです。