女性の価値は若いうちなのか!?
女性の価値は子供を生むことなのか!?
という議論があります。
その話をしていくと女性の価値は若いうちだと発言してしまうとハラスメントだ、男尊女卑だと訴えられてしまう可能性もはらんでいるのですが...
私はあえて若いうちだ、子供を生むことだ、と感じています。
なぜなら女性の価値なのですから...
女性
女性とするならその価値はやはり出産ということになります。
子供を生み育てるわけです。それは男性には逆立ちしてもできない芸当なのです。
出産を考えるなら高齢では大変ですし、50くらいになると更年期で終了してしまう方もいると思います。やはり女性という意味での価値とすると出産と若さということになるのです。
そんなことを書くと目くじらを立ててヒステリックになる女性たちがずいぶんいると思います。
多分そういう女性たちは今まで女でしか売ってこなかった人たちなのではないかと感じます。
そこで気になるのが価値とは何かということです。
たとえば新商品が出たとします。最初は目新しさで購入するでしょう。重要なのは新しさです。
しかし使っていくうちに目新しさは無くなり日常の物になってきます。その時点で価値は下がったかに見えます。ところが徐々にレトロ化して価値の復活。そして価値の増加に転じるわけです。
女性たちがその限りある女性という性差にたいしての価値しか見出せなければ女性の価値は無くなる一方です。
しかしその女性たちが女性でいた時点で人としての価値を磨き始めれば、女性としての価値が終了した後も人としての価値が花咲くわけです。
中には女性なりの目配せや、やさしさだって性差としての価値でしょ!?という人もいます。しかしそれは性差としてだけクローズアップされるものではありません。男性にも持ち合わせている人もいるでしょうし、ゲイやトランスジェンダーの人たちの中にも持ち合わせているもので、性差に由来するものではないのです。
いつまでも過ぎ去る価値に重きをおかず、変化する自分の本当の価値を見出すべきではないでしょうか?
華の命は短い!でも華を咲かせる木の命は長いのです。
そういえば女優の小林聡美さんって 映画かもめ食堂 以降美しさが前面に出てますよね。
若いころ決してかわいい美人というタイプではなく興味すらわかなかったのに、あの映画以降
美しい人だなぁ~と感じるようになりました。監督の荻上直子さんの役者さんたちの生かし方がとても上手なのだと感じもしたわけですが片桐はいり、もたいまさことなかなか濃い面々をとても美しく描ききってます。でもあの年齢だからこそ内面からかもし出した美しさがにじみ出ているのであってあの美しさは女を武器にしているうちはなかなか出てこないものだとも感じます。
人として魅力が増してるんでしょうね。