俺は誰になりたいのか?:そうだ、MITに行こう!!!

ぶっとんでいて/尖っている上品なキラキラインテリ

俺は長岡の人だ!

 

《Why シアンスポ?》

「何者」かになりたかったから。刻印された目指すべき人物像。一流。上昇志向の塊。飽くなき闘争心。正規過程の6分の1かもしれない。でも何かを掴みたかった。何かその成功の秘訣を引き抜きたかった。僕の受験能力では日本のシステム上結果を残せない。共和制に移行して8人中7人の大統領がこの学校出身。どんなに蔑まれようと、女性からクリスマスに誘われそうと、その想い一糸も揺らぐことなし。

 

人生の師匠のようなクラスメートと先生。あらゆる困難をはじき返してきた、いやはじき返してあまりある人たち。話した時間は本当に短時間なのに、ものすごく記憶に焼きついている。給費奨学生と途上国の子。フランス語の授業の批評をし始める、授業編成を授けてくれた先輩。国が崩壊してそれでも尚その立て直しのために、そして経済的成功のためにギラギラしている人たち。ロールズの正義論を適切なタイミングで引用する子。法律なんてもんは試験に合格する道具にすぎない。国際政治をストーリーとして学ぶんだ!と喝破する子。勝負所がわかっている。授業をサボりまくり美術館鑑賞、その後ちゃっかり官庁から内定。スノビッシュなフランス人。筆記体が書けなければ相手にされない世界。就職活動ではないのにスーツを着てくる。理由は政治家になりたいから。現代を生きる貴族のような先生たち。120%の出力を出さなければ、容赦なく罵声を浴びせられる。でも、結果に対してフェアな人たちだった。俺はパリにある”代ゼミ”が好きだった。飢えた心に湧き出たオアシス。

 

《Whyフランス語を勉強しないのか》

フランス語を勉強しても、日本では認められない。エスタブリッシュメントになれない。アメリカやイギリスでも認められない。俺が垣間みたのはフランスの貴族社会の一端。なんとしてもその環境を再現したかった。そのために、最善の策はフランス語ではない。シアンスポのカードをいかにうまく切るか?LSE?コロンビア?

 

《シアンスポで得たこと》

・思考パターン:知的複眼思考法

・欠けていた論点:「組織のゲーム」と「人間への洞察」(O先生)

・天才慣れ:どんな学歴の塊が出てきても驚かない。多少の秀才はへぇ〜って感じ。

 

《What I Want to Be》

(経済的な保証/実績を伴った上での)ぶっとんでいて/尖っている上品なキラキラインテリ

医学部でもない、外務でもない。俺はこれになりたかったんだ!!!!!!そして、そんな人たちは・・・ボストンにいる。経済的余裕と質の高いコミュニティーなくば、人格が荒む。Takerになってしまう。

叩きつけれれる感覚。海外Ph.D、モルガン、ジュリアード。京僚会の人も話していて楽しかった。財務、自治、経産。どこか違和感を感じていた。外務。最初の専門職の説明会。その後の総合職の説明会。おとなしすぎる。知的だけど小さくまとまっているんじゃないか。だけど、俺は眠れなかった。あの夜。国益というワード。外交というストーリー。俺はこれをやりたかった。もうできないのか・・・。どうしても引くに引けなかった。

 

②長岡のアイデンティティーを突き詰めていた

長岡 のルーツに外務は繋がっている。人は自分の以外の何者にもなれない。今までの軌跡の上にしか今の自分は生じない。長岡駅にある年表を見てハッとした。海外大。結局、高校の悔しさの上位互換、長岡高校的な価値観を煮詰めたものでしかない。自分の意志で選んできたように見えて、実は選んでいない。俺は長岡のアイデンティティーを突き詰めている。米百俵と普仏戦争のお話。負けたら米を売ってでも再軍備という名の教育。そして、長高に落ちた時点で俺は自分のルーツを地元に失った。高校の時に馴染みたくなかったのはこのせい。

 

一方で、自分は変えられる。人と場所を変えれば、ハビトゥスが変わるから。そのためには、自分の能力(知恵、金、人)を証明して、コミュニティーにねじ込む。同一直線上の能力はわかりやすい。例えば、野球→プロ野球選手。根っこの要素(=考え方×振る舞い×その深さ)が同じか?例えば、物理→経済。音楽家→外務。チャラさ→PE。学生団体の長→マネイジメント。

 

?!っていう感覚は自分が出会ってきたものから生じる(しか生じない)。稲妻の一撃は作為的なもの。偶然生じるものではない。実際、世佳の発言はその証左。自分の住む世界と同じオーラを纏っている(ex.着ている服の上質感)and/or憧れるものである(ex.”友達”と”その彼氏”と似たカテゴリー)から人は選び/選ばれる。もちろん、長期的な関係のためには人格も必要。階級は再生産される。

 

③未だに外務省的な要素を追い求めている(=国際政治を突き詰めれば、貴族的なエスブリッシュメントの世界にたどり着く)

(a)人格と育ち:そのコミュニティーに自分をねじ込み自分を変えてやるしかない!!!!

馬術をたしなむ。家に絵が飾ってある。弦楽器シリーズ。オーケストラに所属していた、琴を弾ける。親。お金と物ごごろつく前 の選択。衝撃。上部の努力は試験に落とされてからも続けていた。書籍に始まり体験教室やコンサート、エキスパートインタビュー。家柄の良さ(=文化資本の高さ×経済資本の高さ)から滲み出る気品や会話の仕方。どんなに国際関係論を極めようと、英語を頑張ろうと、生まれには逆らえなかった。22歳くらいまでにその着眼点に到達できなかった。今ならわかる、なぜ研究者の道を進められたのかも。同時に、神輿に担がれなければ、なぜ事務作業を勧められたのかも。家庭、学校教育、その延長にある就職。年月を重ねるごとにそのギャップは埋めがたきものになる。加えて、あざとさ。ニコニコしておきながら、内心の評価は全く違う。よくもわるくも?!ってなる。これが一流の交渉か・・・。

(b)資格試験。自分では消化できなかった。席次。法律、経済、国際政治、教養。情報の格差ではなく、単に俺の頭が悪い。日本の受験システムを再度やっている感じ。そりゃ中高一貫あがりがつよいよね・・・。自分のもっとも得意とする戦場で戦え!!!!

(c)こころの引っかかり。問題を解いていて感じた。いいのか、下っ端で・・・?組織の中の人からも、田沢さんや赤坂さんからも言われた。学歴で出世できない。じゃあどうしろと?俺にはわからなかった。その現状分析は正しいけど、じゃあその願いを叶える別の手段までは教えてもらえなかった。最後の踏ん張り、前のめりになっていけるか、迷いなくねじ込んでいけるか?もし迷いがあったなら、戦ってはいけない。そして、俺にはあった。

 

ソフィア

俺は田舎が好きではない。直感は正しい。

ハノイ

田舎のゆるふわが好きな訳ではない。ストイックで知的で洗練された(経済的成功を伴った)人が好きだった。

俺はバリキャリの職業観は共感できる、強烈にストイックに自分を追い詰める事、何か卓越した業績をあげようとすること

田島さんに共感できたのもここ、強烈に上り詰めようとする思考、何かを突き詰める、負けん気の強さ


 

丁寧に教えてもらったからできる、研修が充実しているからできるではない

教えらなくてもできるものはできる

教えられることで素養を開花させることはできる

あ〜はいはい、こういうことね!!!っていう感覚

逆に教えられてもできないものは一生できない、せいぜいマシになるレベル

能力がボトムネックとなって、実績をあげられない

空回りしている意識高い系になる

 

 

じゃあ業務の負担が2ランクは落ちるゆるふわな環境にいえば、人のカラーもその分ゆるふわになる

俺はその向上心というかワークワイフバランスという名のなまけた感じに耐えられない

その人たちを仲良くなりたいと思えない

ただし無駄に戦ってはいけない、人生にはもっと時間をさくべきものがある

高校生の時の失われた青春という境地

 

・受けたを恩を返さなければいけない人たち、特に無償の恩をくれた人たち

・学歴でクタクタ言われたくない(東大ロンダリングもこの文脈でダメ)

・やんごとなき才色兼備

・高級住宅街(都会)→①価値観の多様性、何かでなければいけないというものが小さい、自分の特性上努力しても無理というものもある②情報のアンテナの高さ、フットワークを軽くするでは限度がある③ここが途上国系の人と相入れなかった

・両親、祖父母、妹たち

友人は所詮は他人、自分の人間性で繋がっている、それが失われれば自然と離れていく

また何かしらの目的で仲良くしていた人もそう、その目的を消失すれば自然と離れていく

 

who am I?

自分がその一員とみなされたい、そこにいることで自分の力が最大限発揮される感覚

俺は自分が帰属したかったコミュニティー(高校、大学)に入れなかった。(自分の理解が足りなかった、もっと戦い方はあった。)同窓会にいくともっと自分努力しなきゃってなる。ここだ、妙なエリート意識の根っこ、俺がみんなに心を開けなかった、仲間意識を持てなかったのは大学に劣等感があったから、ここではいあがってやりたいと常に思っていたから、ここで同一視させてたまるかという気持ちが見下す態度に繋がった。どんなに上部を取り繕って仲良くやっていても、心から仲良くはなれない。アッパー組織にいけばどこか馬鹿にされる。シアンスポ会にいけば、フランス語とか半年とかでひたすら否定される。俺は関西人ではないし、思考停止で世の中の素晴らしいものを追いかけているわけでもない。一見、王道とかミーハーに見えるのはただ「一番上を目指して戦っていた」にすぎない。

 

自己実現能力が低い(=行動パターンがおかしい)

努力と報酬の循環が壊れた状態。

どんなに努力しても結果が出ず、徐々に荒んでいく、努力すること(ある目的のために力を 尽くして励むこと)がウザくなっている

やるきを使い果たす、バネが伸びきっている状態、もう何もしたくない状態、人間的にもう壊れるまでやった

自分が潜在的になりたかったものを喪失、もしくは金銭的になりたたずなることを否定される

自分はこれをやっていますと語れない、自分のことは訊かないでほしいという状態、who am I?という状態

whyやり直さないのか?素養、人間性(品格、あざとさ、文化的教養の高さ)と実務能力(臨機応変さ、事務処理、交渉)

医者になるのではなく、この目的を果たすのに自分が一番勝てる分野は何かというのは根本的な問い