以前、フリースクールを運営していた。

けれど、うまくいかなかった。



2人の生徒とゆっくり時間を過ごし、蚕を育てたり、鶏の世話をしたりした。


地域の演奏者を呼んで音楽鑑賞をしたり、
真綿の布団を作ったり、ミシンで好きなものを作ったり、



勉強もしたが、それが嫌だったようだ。
1人はだんだん来なくなった。


もう1人は学校に行けるようになった。


2人いなくなって、それで解散した。




私のやり方はとても我流で、助成金も補助金も貰わず、子どもたちに自分たちで仕事をしてお金を稼がせたかった。


しかし、それは、まだまだ心を休ませなくてはならない精神的に未熟な子どもには、時期尚早だったのかも知れない。


養蚕も全然出来なかったし、あの子たちや保護者はいつもお客様のようにサービスを受けるしか出来なかった。

私が間違えていた。考えが甘かった。


教育委員会に、すごく嫌いな人がいて、何かと嫌味を言ってきた。

いつも上から目線だった。市のフリースクールは、教育委員会に足並みを揃えろと言っていた。

全然子どものことをわかってない人で、私は本当に嫌いだった。



うちに2年間来たけど、来なくなった男の子は、教育委員会の勧めか学校コーディネーターの勧めか、同じ地域の大きいフリースクールに通い始めた。

同級生がいたことや、麻雀などにハマったこと、先生がたの手厚い指導で、週に2回きちんと通って、少しずつ学校にも行けるようになってきたそうだ。

今日は、その教育委員会の嫌いな人から電話があった。


クジラさんのフリースクールは、もう今年はやらないというスタンスでいいですね。との確認だった。

悔しかった。私は上手くできず、他のフリースクールに移ってから回復した子どもの様子を長々と説明したあとの確認だった。

そして、最後に付け加えるように言った。

でも、彼は、ここに来たことも良かったんです。彼には充電期間が必要だった。だから、良かったんです。

彼はもう大丈夫なので、クジラ先生は(フリースクールはもうしなくていいので)シルクを頑張ってください。

と。


腹が立った。悔しくて、言葉にならなかった。


電話のあと、その不登校だった男の子と同じクラスの女の子に会った。ので聞いた。

あの子、最近学校に来てるの?元気にしてる?と。


すると、今日は来なかったけど、時々来るようになったよ。調子いいみたい。との返事だった。


あ、と思った。



私だ。私のコンプレックスが、あの教育委員会の某を嫌いになった理由だ。


あの教育委員会の某が、悪い人間ではない。


私が私を責める気持ちが、すべて、他人を悪者にしていたんだと。


もしかしたら、あの教育委員会の某が言った通り、彼には心の充電期間が必要だったのかも知れない。

けど、私が私を責める気持ちが、物事の理解を歪ませた。


いいじゃないか、やってみなきゃわからなかった。失敗万歳だ。某の言う通り、私にはシルクと言う仕事がある。

シルクで、誰かを幸せにすることもできる。


もう、こだわるな、クジラ。


あの子たちと一緒に過ごした2年間は確かにあった。無駄じゃなかった。いつか、良かったと思える日もあるさ。


そう思ったら、教育委員会の某なんてどうでも良くなった。


教育委員会や、他のフリースクールや、あの人やこの人は私を煙たく思っているだろう。と言う思い込みが、無駄なのだ。

私は嫌われ者だと言うレッテルを、私は私に貼ったのだ。


どうでもいい。真実など所詮わからない。

わかったとして、どうでもいい。


私は私のままでしか生きられない。

だから、また、明日からも私を生きよう。

ただ、いい思い出だったことは、私が1番よく知っている。