実家で一晩過ごした。

夜が明けると、以前は階下の会話が2階の寝室によく聞こえたものだ。

父も母も早起きで、賑やかに朝からしゃべっていた。話の内容まではわからなかったが、

ああ、賑やかだ。もう朝だ。と思って起きるのが日課だった。

廊下で繋がった隣家には、祖父も祖母もいた。

2人とも穏やかな人だった。

戦争の時代を生きて、平和な時代を喜んだ人たち。優しくて信仰心あつく、丁寧に生活をした人たちだった。

もう、今は、祖父も祖母も父もいない。

この先の、将来の家の畳み方をみんなで話し合う。

時が過ぎると言うのは、なんとも表現し難いセンチメンタルな気分を呼び起こすものだ。

人は、「手に入れて失う」を繰り返して人生を味わう。

嬉しかったこと、苦しかったこと。楽しかったこと。悲しかったこと。

その思い出が多いほど、厚みのある人生になるのではないだろうか。


失敗を恐れないで、体験をすることだなと、自分に言う。

私は以前、フリースクールを運営していた。子どもたちは、不登校の子どもたちは、その生活のほとんどを自宅の部屋で過ごしていた。

人生の貴重な時間。ただイライラしながら、ほとんど部屋でゲームやインターネット。さあ、どんな過ごし方なのか、話からの想像しか出来ない。

もともとの生きづらさ。環境の悪さ。思考癖。

いろんな要因がある。

確かに困っている人に手を差し伸べるのは大切だけれど、私はその活動を自己満足でやっていたことに気がついた。

自分が自分を満たすために奉仕をする対象が欲しかったのかも知れない。

もちろん、子どもたちと過ごした日々は楽しかったし、学校にいけるようになった子どももいた。やって良かったと思う。

いつか、彼ら彼女らも、外に出て困難を乗り越えていく経験をしてくれるだろうか。

この年になって思う。やはり人生に無駄はない。未熟な自分も受け入れながら、時に俯瞰して進むことで、ようやく見えてくることがある。

「人生の残りをどう生きるか」

これは、私の連載のテーマ。

これからもいろんな人に会いに行って、いろんな話を聞きたい。

その中で、心の傷むこともあるだろうとは思う。人生や時の流れの無情さ、世の中の非情さに頭を打つこともあるだろう。失敗もあるし、悔むこともある。

でも、「人が人として、命を燃やすとは何か」をこれからも求め続けていきたい。