故郷の実家に帰省。
一人暮らしの母が、今年の1月大病をした。
本当は、その前の12月に、実家に置いてある私の子ども時代からのメモリアルを整理して持ち帰って欲しいと言われていた。
が、年末は忙しくて行けなかった。
母は、九死に一生で無事に生きてくれた。リハビリをして、思ったより早くに退院した。
お見舞いと、ようやく約束の荷物を引き取りにきた。
昔のアルバム、日記、自由研究などなど。
六年生当時の書道の作品も出てきたが、下手すぎて大爆笑した。
うちのお教室の子どもたちの方が遥かに上手い。これは、持ち帰って生徒さんたちに見せよう。人生の可能性の凄さを誰もが体感するだろう。みんなは私より遥かに上手い。だから、私の年にはどれだけうまくなっているだろうか。
小学生の頃の日記も読んだが、まあ、それは失笑するほどこましゃくれた子どもだった。
しかし、その日記を書いた時を今でも覚えている。心の中は、不思議とまるで変わっていない。
いや、実際には成長しているが、根本的な〝私〟というものは、変わっていない。あの日のまま。
食事を食べ、風呂に入り考えた。
先週、新婚から10年を過ごした町に行ったとき、フラッシュバックに苦しんだ。
息が詰まるほど苦しく、時に涙を落とした。
今日、来ている実家は、私が生まれ育った家ではなく、
私が、大学に出る時に、父や母が移り住んだ家である。
だから、私には思い出が少ない。もちろん、何度も来たけれど。
苦い思い出や苦しい思い出が少ないからフラッシュバックしないのだ。
これが、生まれ育った家なら、またそれで違ったかも知れない。
だから、もし、今、生活に違和感を覚えていたり、苦しさを感じている人がいるなら、
まずは、その場所を離れること。もしくは、今どうしても無理だとしても、
いつか、引っ越すための準備を今日から始めることだ。
思っている以上に、場所が、人の心に影を落としている。
人の心は、場所に影響を受けている。
そんな風に感じた。
来年、末っ子が自立したら、私は根無草のようにあちこちに旅に出てみたいと思っている。