雨の黄昏は、思ったよりずっと暗い。
正面から向かってくる車の列の
ヘッドライトが濡れた路面に反射して
長く眩しい光が四つ。
それがいくつも連なって、眩しくて景色が見えない。
運転さえしていなければ、幻想的で美しい景色にうっとりとしていたいところだ。
数奇な運命で辿り着いた年明けの出版。
来週には、最終打ち合わせを終えて印刷にかけられる。
無形物が有形物になる瞬間。
夢が現実になる瞬間。
まだ、それは、もうしばらくの時を静かに待っている。
出版社の社長は姉御肌の頼もしい女性で、まるで男性のように度胸がある。あるとき、彼女は言った。
「これは、クジラにとってのエポックなんだよ!」
エポック。
新時代。
今までとは違うレベルのチャレンジ。
この本の出版は、女4人のチームで構成されている。
出版社の社長=姉御
編集デザイナー=姐さん
漫画家=同志(めっちゃ面白い人、年齢近い)
作家=私
姉御が言うには、「クジラのエポックでありながら私たち4人全員のエポックでもある」
「クジラが持ってきた、私たち全員のエポック」
この成功に4人全員の命運がかかっている。
漫画家の彼女だって、これからの仕事が違ってくる。出版社だって同じだ。
車は、町中を抜けて山道に入った。
我が家は山の上にある。
まばゆい光はなくなり、暗い山道に木々のざわめく気配だけがわかる。
ワクワクと口の端をあげてみる。
けれども本音は、ガクガクと膝頭が震えている。
いくら啖呵を切ってみたところで、コワイに決まってる。
成功の保証などない。
つと、前方に異様な気配を感じた。
牡鹿だ。
立派な角が真っ黒な夜空を刺す。
大きい。100キロは優にある。
美しい脚で山を駆け登る。
その方角は、我が家だ。
ならば、カーチェイスだ!
私はアクセルを踏み込んだ。
震えた膝が、しっかりと動く。
待ってろよ、鹿。
車はギュンギュンと坂を登る。
思い通りに動くハンドルは爽快。
思わず叫びたくなる。
家に着いたときには、鹿はいなかった。
あの美しい肢体を私の脳裏に焼き付けて、鹿は
闇に消えた。