叔母が、末期癌の宣告を受けた。
ひどい医師で、「もう助かりません。手術もできません」と冷たく言い放ったらしい。
同行していた母も、驚きすぎて、あんな言い方はない。と憤った。
叔母は、「私は毎日すごく元気で、仕事もしてるし、運動もしていますが」と、いうと
「大丈夫です。毎月毎月、だんだん弱ってきますから」と言ったそうだ。
叔母は元来、すごく健康に気を使ってきていて、食事はもちろん、運動も、健康診断も定期的にきちんと行っては記録を残していた。
信じられないと言う気持ちで、いっぱいだ。
「一年はもちません」医師はそういうて、資料を片したそうだ。
叔母のショックは計り知れない。
母は、セカンドオピニオンを勧めたけれど、叔母は、医師は冷たいけどあの病院には最先端の機械があるからと、継続を希望したようだ。
何が正しいかはわからない。
私もあと1年ないと言われたら、それはショックだろう。
死は怖い。
また、こんなことを言うと頭のおかしい人だと思われるけど
私は亡くなった祖父に会った。我が家のリビングで。亡くなってから、10年は経ったころだと思う。
突然いた。びっくりした。命日でも誕生日でもなかった。
私の父は、子どもの頃、祖父祖母の家に養子に入ったから、血は繋がっていない祖父だった。
戦争を体験した昔の人だったから、孫にかまうような人でもなかったけど、今思えば、心温かい人だった。
私はリビングに繋がる対面キッチンで料理をしていた。家には他に誰もいない昼下がりだった。
突然、強烈にある感情が湧き上がって、私は涙を滲ませた。
「おじいちゃん、血が繋がっていないからって、愛されてないなんて思ってごめんね」そう思った。
顔を上げると、祖父が立っていた。
両目から涙を流しながら。
祖父、間違いなく祖父だけど、若かった。40代に見えた。
腰を抜かすくらい驚いて、私は我に帰った。
祖父の姿はもうなかった。
熱く込み上げた感情も、潮が引くように落ち着いた。
なんだったんだろう。
確かに、祖父がいた。
幽霊は怖くない。死は生の連続かも知れない。
死んだ愛犬が現れたときの体験も、その他、小さい体験を繰り返して、私の中の結論である。
多分、温泉まんじゅう。
私たち、生きてる人間が真ん中のあんこ。
それをふんわりと包む皮が、死の世界ではないか。
あんこには、あんこの世界しかわからないが、皮は、あんこを包んでいる。
そして、あんこと皮は、違う粒子なのだと。
皮には皮の世界がある。死の世界、宇宙、あの世、は、生の世界を包んで包括しているけど、全知全能ではなく、
また、そこにはその世界のルールがある。
また、人生?が、あるのではないかと。
行ってみなければわからないが。
しかし、祖父は〝愛〟だった。あたたかく心地良かった。あの感覚が死の世界なら、怖くはない。
霊媒師は、私のそばにいるのは、曽祖母だと言った。私には、感じられない。
父も現れない。いつもいるようには思うけれど。
結局は、何もわからない。
叔母がこれから、どんな風に治療を進め、どんな気持ちでいるかわからないし、
私もいつまでの命かはわからない。
けど、まだ死ぬには惜しい。
まだ、やりたいことたくさんある。
だから、今日も、精一杯生きたいと思う。