昨日の続き。
1番苦しい時に、毎週5分だけやって来るご婦人。
当時ほとんど人と関わらない生活をしていた私の、たった1人の話し相手だった。
しかも、宗教家ですから、いいこと言うんだ。これが。笑 (宗教家なのに、なぜか勧誘されないのも不思議だった。)
私は、自分がどれだけ高慢かを改めて知り、それでも恥を受け止めて生きていかなきゃならないと知った。
自分自身の罪悪感の深い海嶺は、自分自身の善徳の小さな小石を投げつつけて埋めていくことしか出来ないと思った。
その時、10年かかる。と思った。
さて、のちに私は少しずつ生きる元気を取り戻したころ、
たまたまその女性が、久しぶりに見えて帰った時に
気づいた。
おかしい。いつも、苦しい時に限って来る、彼女。。。
と、考えようとした時、
私の背後のチャキチャキの着物を着た風な女性霊(私は姉御と呼んでいました)の声が頭の中に聞こえた。
〝当たり前よ。(生まれる前に)約束してきたくせに。〟
そして、いつものように笑う。
私は、衝撃だった!
約束してきたのか。私は人生の半ばで自分のバカさに気づき、死にたいくらい落ち込む時があるだろうから、
その時に、助けに来てくれると。
名前も知らない老婦人。
私は、膝を突いて泣いた。約束して来たのか。私が、自暴自棄になってバカな真似をしないように。
本当に生きることはどんなことか、挫折を乗り越えて強く優しく生きるとは何か考えられる人間になれるように。
人生のほんの一時、関わった。たったこれだけを約束してきた。
〝応援するから、がんばれよ!
人生は、楽じゃない。でも、負けるな〟
生まれて来る前の約束。
おそらく、誰もが、そうして生まれて来たのではないだろうか。
そして、この約束は、運命の恋愛相手とか生涯の友達に限らず
袖振り合うも多生の縁 なのだ。
もしかしたら、出会う人すべて。
そう思ったときに、総毛立った。
すべてに意味がある。
悲しくもこの世界を幼くして去る魂も、すべて、理由がある。
もう、その老婦人に会うことはなくなった。
同じ町に住んでるはずなのに。
また、ひょっこりくるかな。その時は、また、話したい。
私は私である。
私はあなたでもある。