発明家のトーマス・エジソンの名言に
天才とは、99%の努力と1%のひらめきである。
と、いう有名な言葉があるが、この「ひらめき」は、英語では、inspiration。つまり、インスピレーション。ひらめきではなく、霊感と訳すのもあったが、日本では霊感と言う感覚があまり受け入れられず、ひらめきでしっくり来たのだろう。
つまり、インスピレーションは、エジソンがハッと思いつく、降ってくるような感じをイメージしたらわかるのではないかと思う。
が、エジソンは、努力の人だった。努力の人は、見えない世界からも愛される。
しかし、私は個人的にいつも思う。エジソンは、家事をやってなくてズルい!
私なんて、夢を叶えるために頑張りたいけど、家事も育児もあるんだぜ!もちろん、仕事もいくつも掛け持ちしていた。笑
エジソンの最初の妻は、あまりにエジソンが研究ばかりなので、3人の子どもを抱えてノイローゼになって病死している。
しかし、次の妻と結婚してまた、3人の子どもをもうけている。
私は女性の立場として、ちょっと解せない。笑
妻の生き霊や死霊が憑いていたかも知れない。わからないけど。
ヘレン・ケラーが、家庭教師アン・サリバンの死後、つまり、彼女の後年に書いた本に興味深い内容があり、彼女はスピリチュアルに大変興味を持つ人だった。
スェーデンボルグの本を愛読している。
彼女は、死後の世界にも深い知見を持っていた。
私は、ふと思うのだ。ヘレン・ケラーの世界こそ、実は真の世界なのではないかと。
彼女は、美しい山々や虹、小鳥やリスの動き回る姿。海底の生き物の様子。
愛や嫉妬、哲学など形にはない概念に加え、死後の世界までも知っていた。
知ることが人生を作る。思考は実現する。
けど、彼女には、実際には世界は闇であり、静寂だった。
その不思議さを私はいつも思う。
私たちが見ている世界こそ夢で、ヘレンの世界こそもしや、真実なのではないかと。
証拠のない、ただの夢想ではあるが。
さて、人は生まれる前に約束をしてくることがあるようだ。
次はその話を。登場するのは、私の背後にいたチャキチャキした関西弁の女性(の霊)である。
私は私である。
私はあなたでもある。