霊視の思い出のついでに、もう少し思い出したことを。




霊媒師にも、いろんな方がおりまして、私の体験から個人的に思うことを。

私も決して、自分から求めたわけではないけどなぜか寄ってくる。


この12年間の中の話です。ざっくりですが。





1人目

以前のブログから、読者様を介して紹介していただきました。
絶対的なすごい力を持つ人で、その人を中心に団体を作っている。らしいです。

が、私のブログを見て、霊視をしてくれたそうです。「悲劇のヒロインを気取っている。自分の人生は自分で自分で自分で行動して切り開かないと。」



いやいや、それ、ただ私のブログを読んだ感想でしょ?しかも、自分でを3回言われましたね。

と、いうことでご縁なし。





2人目


これもSNSから。

「あなたを霊視します。
貴女は、私がお釈迦様だったころ、死んだ白い猫を抱いて、私の家の戸口に泣きながら待っています。続きが聞きたいなら、振り込みを確認してからです」


いや、びっくり!!
言葉も失う。頼んでないし。

この方、女性ですが、子どもを抱えて離婚し、貧乏のドン底で、あるセミナーで霊能力を得て、恐ろしいお金持ちになり、やはり、何かの団体を作っていました。

いや、それ、もしかして、闇落ちでは?汗


で、お釈迦様だったの?

で、取り巻きの女性は、前世で鑑真だったらしい?
謎しかない。けど、セレブでした。

で、仲間になりませんか?みたいに言われました。

もちろん、関わりませんでした。





3人目は超絶霊媒師トオル


このブログの中にも出てきたけど、最近は距離を置いてる。

たしかにトオルはすごい。けと、時々ハテナ?の時もある。

まともに仕事が続かない。まずは人間として頑張って欲しい。





そして、そういう私もいつも迷いと失敗の中にいる。


みな、同じ。







ちなみに、当時の京都の霊媒師の女性は、私の霊視のあと、消息が途絶えました。


つまり、私の人生の中での彼女の役目は終わりということです。もちろん、それは後々にわかったことなんだけど。



しかし、当時の私は、ドン底にいました。
死のうと思ったし。今思えば、早まったことをしなくて良かったと思う。



私は、ならばもう一度、どこかの霊媒師に会って、話を聞けば、


私という人間の醜さを払拭できるのではと考えた。


つまり、何をしたら許されるのか、示して欲しかった。

わかります?


高価な壺を買って、庭に埋めたらいいと言われたら、きっとやったでしょう。


毎日、神社に行って自分の存在を詫びろと言われたらやったでしょう。



だから、詐欺に遭って酷い目に遭わされる人のこともわからないではない。





ところが私が、

「もう一度、どこかの霊媒師に、、、」と
考えようとすると、その「も」の字より早く


〝そんな必要はない〟


と、いう言葉が



私の頭の中に直接、響くようになった。


次は、このインスピレーションについての話を。









私は私である。
私はあなたでもある。