もう、あの時から10年以上が経っている。



不思議なことはいろいろあるんだけど、どんなことも、ある時突然には全容はわからなくて、



少しずつ少しずつ試行錯誤の末にわかってくるんだと思う。


私の理解では

霊媒師と言われる人たちがいるのは、おそらく本当で、


誤解してはいけないのは、それは普通の人だということ。




つまり、めちゃくちゃ運動神経がいい人が、身近にいたりするのと似ている。


スポーツ上、神技みたいなことをしても、尊敬こそすれそれはちゃんと人間の域だと、私たちは思う。



なのに、霊媒師となると、

なぜか、人より優れた印象を持つ。




それを利用して、悪徳商売をする人も多い。

対価を支払うのは構わない。


けれど、自分の頭で考えて、自分が成長しないと意味がない。



他人に依存しても、そこに答えはない。



さて、前のブログで何度も読んだ人はゴメンナサイ。



数少ない私の驚いた体験の中でも、一際輝く体験を、


私自身、思い出したいので。もう一度、しつこく書かせてください。


ただし、これは個人的な体験であって、

気のせいかも知れないし、夢かも知れない。



フィクションだと思って、読んでいただければである。


その京都の若い女の子の霊媒師。



悪い人ではない。たぶん、必死だった。




不幸な身の上だったようだ。シングルで子どもがいたが、多分16歳で産んだのではないだろうか。真実はわからない。


優しい子だった。



霊媒師の家系だったようだ。




今、思えば、彼女は手伝わされた。

私の背後の存在に。



人には、守護霊や指導霊や、個を超えた大きな自分自身がいるようだ。


それらの存在が


いくら、私に話しかけても、私には聞こえない。私の魂は間違いを繰り返し、どんどん垢がつく。カルマをつくる。もう、救えなくなるほど。


だから、彼女を橋渡しにしたのだろう。


彼女を通して、伝えるしかない。脅してでも、痛い目に遭わないと、コイツ(私)はわからないから。笑


きっとそんな感じ。



さて、東日本大震災から、数日後、私は彼女の遠隔の霊視を受けることになった。




彼女はSNSを使ったが、彼女のページに繋がる足跡がないとできないと言っていたのが、一つ、

もう一つは、集中しやすい夜がいいと言っていた。



だから、私は何も考えずに自宅の台所で夕飯の支度をしていた。まだ、昼過ぎだった。


ら、私の右後ろの天井に


スッと穴が開いた。


ドラえもんのタイムマシーンで、いきたい場所に着いたときに、

空間に穴が開いて、のび太とかが飛び出してくるようなイメージである。



いや、それは網膜を通して目に見えたわけではない。

でも、私の脳は、そう捉えた。


その穴から、一陣の風が吹いてきた。


そして、その風は私を包んだ。



桜吹雪だった。

言葉に出来ない気持ちよさだったのだ。


ほんの数秒で、その風は、また、

天井の穴に戻り、その穴は、まさにドラえもんのアニメのように閉じた。


私は、絶対に彼女だと思って、いそいで震える指でメールを打った。


「今、きた?」
彼女から返事がきた

「今、行ったよ、すぐそばまで」


そこまでは、夢のような素敵は話だ。


ところが、彼女が見たのは、私のおぞましい魂の汚れ。邪心と醜さのカオスだった。




でもね、今ならわかる。



一点の曇りや汚れのない人間なんていない。
己の醜さを知って、受け入れてから、人はようやく歩き始める。







私は私である。
私はあなたでもある。