いつものように、学習塾をしていた。
受験前の中3女子である。
受験の話、恋話、将来の話。
ふと、気付いた。
私の肉体は、中年になったが、
私の中で、おしゃべりする私は、中学生の頃、いや、物心ついたときから、本当に変わっていない。
この結婚生活25年すらも、まるで、毎日が昨日のことのよう。
きっと変化はあるはずなのに、私の中の私は変わらずしゃべり続けている。
〝時〟は確かにあるようで、
ないのかも知れない。
肉体が老いて、世界情勢は変わるけど、
私の内面は、幼い時から、このままだ。
不思議なのか、不思議じゃないのか、
この年になると、ほんとに人生の映画を早送りで見て来たような、あんなことかあったこんなことがあった。
そして、今、ここにいて、
でも、中身は、例えば10歳のあの頃と、同じ私が喋っている。
これ、多分、この世界を去る時も、それが、いつなんどきであろうと
あんなことあった、こんなことあったって、
一瞬だったなあって、「わたし」は、感じながら旅立つんだろう。
だからといって、焦って何かを追うのでもなく、無理に休むのでもなく
今日も淡々と、仕事をして、家事をして、丁寧に生きるしかない。
しんどいことも、深い悲しみも、腹の底から湧き立つ怒りも、溶けてしまいそうな安堵も、号泣する喜びも
わずかな人生の、ほんの少しのスパイス。
私は私である。
私はあなたでもある。