あの時、地震とは思えなかった。ダンプカーが家に突っ込んだと思った。
ドッカーン。上に飛んだ。青白く光ったように思う。直後、横揺れ。バキバキバキバキと、家が軋む、というか悲鳴をあげているのか。
えっ?地震か?デカい。
震度6強だった。
長男は5歳。次男3歳。長女はまだ2ヶ月だった。寒いので、2階の一部屋に暖房をして一家5人で寝ていた。部屋はそんな大きくないので、箪笥やらは置かず、布団と子供のベッドだけ。
それが良かった。
強烈な揺れが収まり、恐る恐る窓から外を見た。家は高台にあるので、宝塚の街並みから大阪府池田市や豊中市辺りが見える。
宝塚から川西市、伊丹市は真っ暗。猪名川を挟んで大阪府側は明かりが付いていた。そして、山に隠れてはいるけれど、西宮から神戸の方はぼんやりと空がオレンジに…火事だ。
どうやら西の方が震源だろうなと、思った。
家の前に橋があり、水道管も通っている。
橋は1メートルほどズレて、通る事は出来ない。水道管もズレて水がドバドバと漏れている。
家の1階は食器棚が倒れ、ガラスが散乱。
車は1メートルほど前の道路に飛び出していた。
電気はその日の夕方に復旧。水道は出ず。ガスは遮断されていた。電話は不通。
車載電話で、実家や会社に電話してみるが繋がらない。
テレビも見れないし、車の中でラジオを聴いていた。
水を汲みに市役所まで車に乗って行くが、パニックになっているのか、信号を無視するジジイ共が多い。高級車に乗っているのに、心はさもしいようだ。
その日の夜。余震の度に身体が固まった。また、来るのか⁉︎怖い。
子供達はグズる。
そして、ウトウトしていた長男がリビングのソファから落ちて、肩を強打。
こんな時に…。イライラして、怒鳴ってしまったのをいまだに後悔している。
長男…鎖骨を骨折。
病院に連れて行くが、怪我をしている人が多かった。それでも、子供なので「可哀想に。怖かったね。」と、同情してくれた。いや、地震とは直接は関係ないんだけど。2次被害やな。
3日目、大阪の実家へと避難する。
その日の夜。次男、家の中を走り回り、柱に頭から突っ込む。病院直行。
額を縫う。
本当に、全く、いやはやである。
2ヶ月ほど、大阪で疎開していたが、1週間に1度は宝塚まで片付けに行った。
笑ったのは、水道料金。20万近く引き落としになる。いや、どう考えても漏れてるやろと、水道局に交渉したが、どうしても一旦は引き落とししないといけないらしい。その後、いつも通りの金額を引いて返金するとの事。
結局、家の敷地内で4カ所漏れていた。
長男、次男にこの時を覚えているか聞いてみたら、なんとなく覚えているようだった。
あれから28年。
長女は明日18日が、出産予定日。
五人目の孫となる。
俺も歳とったな。還暦だ。



